口先で生きる

人間の3大欲望って何だったっけ?

確か性欲と金欲と名誉欲では?

・・・なるほど、欲望はその人間を語る。君の場合はそうかもしれんが、一般的には食欲、性欲、睡眠欲ということになっている。年をとってくるとそのどれもがだんだん枯れてくるのだが、患者さんを診ていると食欲が最後まで保たれている人は強いな。でそういう人はやはり歯が丈夫な人が多い。歯科医師会が8020運動というのをやっているのを知ってる?これは80歳で20本以上の歯を残そうという運動で、オーラルケアの先進国スウェーデンでは既にこの目標が達成されている。日本では1999年で、80歳での歯の残存本数の平均は8.21本だ。

かなりお寒いですね。

確かに。健康というと内臓とか筋肉とか全身的なことに目が向きがちだが、歯というか、口腔内のケアは長生きのためにとっても大事なのだ。来年改定される介護保険に介護予防給付として口腔ケアが入ることになったが、これはそのことが一般的な認識となっているというひとつの証明でもあるな。介護の領域で特に大事なのは、口腔ケアが肺炎を予防するという証拠があるからだ。

それはまたどういう関係で?肺炎って風邪からなるんじゃないんですか?

肺炎は日本における死亡率の4番目だが、その92%は65歳以上の高齢者だ。抵抗力が落ちているとか、いろいろ病気を合併しているとか要因はあるが、繰り返す誤嚥がその大きな原因だ。別にいつも食事のたびにむせていなくても、夜咳をしていなくても、多くの高齢者で睡眠中に唾液が肺まで誤嚥されているというデータがある。夜間は嚥下や咳の反射が低下しているのだ。食事後に口腔内を観察すると、食物のかすが残っている高齢者が、特に脳梗塞の人に多いのに気づく。足や手と同じように口にも麻痺の影響が残っているのだ。虫歯の原因にもなるし、著しく不潔なためそれを誤嚥すると肺炎となる。特に寝る前に歯磨きをちゃんとしないといけないのが分かるだろう。ブラッシングは単に細菌を除くというだけでなく口腔内の知覚神経を刺激し摂食嚥下機能を向上させることも実証されている。何は無くても歯を磨け、うがいをしろ!

了解。ブラッシング以外にもなんかないんですか?

嚥下運動や咳反射の上でサブスタンスPという物質が非常に大切で、神経節におけるサブスタンスPの減少が誤嚥を生じやすくする。血圧を下げる非常にポピュラーな薬であるアンギオテンシン変換酵素阻害薬や、軽度のパーキンソン病などに用いるアマンタジンという薬はサブスタンスPを増やす作用があるということで、使用すると肺炎の発症率が3分の1や5分の1になったとかいう報告がある。しかし実際に使ってみると効いてます!という手ごたえはあんまりないです。ちゃんと口腔ケアをするほうが大事な感じがするね。

そうかー。しかし歯が悪くなってから頑張ってもしんどい感じがしますね。その前にちゃんとしとかなきゃ。

その通り。まともだな、めずらしく。最近は歯石を取ったり定期的に歯科に通う人もいるがあんまり口には注意を払わなかった。昔アメリカに行ったとき、みんな異常に歯並びがきれいで白くて、それは矯正を一生懸命するからと聞いてそのときの自分の気持ちにはぴったり来なかった。八重歯とかそういうのはかわいいと思わないのかと思った記憶があったが、美意識の問題かね。日本で口腔ケアが遅れたのはそういうのも関係あるのかな。わからん。最近は審美歯科というのも出来てきたし、これからは口だな。ちゃんと手入れに通うように。

はい、そうします。先生は歯科医でしたっけ?

(無視)食べることもそうだが、日本というか東洋にはあんまりおしゃべりはみっともないという感覚があるだろう。ところがアメリカのやつは本当に良く喋る。驚く位だ。道端で男二人が立ち話をしているのを見て1時間後に通りかかったらまだやってたというのも珍しいことではない。サムスペードというハードボイルド御三家の探偵の一人が悪役の親分に捕まったとき、お前は良く喋るかと聞かれてスペードはそうだと答える。すると親分はそりゃ良かった、無口なやつは喋る内容が無いから喋らないんだ、ちゃんと喋るには才能が要るんだよというようなことを言う。それを読んだとき面白いことを言うなと思ったが、どうもそれは正しい。年をとるとお喋りをするというのはボケないということでとても大切だ。自分を他人に対してアピールすることは呆けの大きな予防だ。よく食ってよく喋るという、つまり社交に上達しろってことだな。口は社交なのだ。

それが結論ですか。口先だけで生きてるとよく言われるんですが少し安心しました。もっと磨きをかけるようにしよーと。

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