マイナー路線

気が付けばもう夏も過ぎ去ろうとしている。大好きな夏が。

今年の夏は確かに異常に暑かった。今まで生きてきた中で一番ちゃう?というくらい暑さを意識した夏だったが僕には楽しむ気持ちの方が強かった。忍び寄る秋の気配は僕を少し心細い気持ちにさせる。秋はどうせ来るんだし、こんなこと言っていても仕方がない。

今度新しいデイサービスをオープンさせます。この夏はそれ関連で過ぎた。中心となって獅子奮迅の活躍をしてくれたケア部長のI君、本部のF嬢には本当に頭が下がる。着ぐるみ院長(院長の着ぐるみを着た精神年齢は中学2年生で停止しているワタシ。なんせ患者さんで最近一番話が合うのは小学5年生)は心より感謝しています。

目処がついてから小旅行に出た。あるご機嫌なホテルのライブラリィでどういうわけか6冊同じ本があって、なんでかなぁと思いながらぺらぺら見ると、これが完全にストライク!な本であった。すごい好みなのである。ヤバい。スタッフの方になぜ6冊も同じ本が置いてあるのか(とても多くの人が好むとは思えない内容なのに)尋ねるも前任者が決めたのでとか、要領を得ないしそもそもあまり興味がないようであった。まぁ忙しいしねぇ、すまん、すまん。

ホテルで読みふけるほど余裕のある旅行でもなく、帰ってからアマゾンで探すと中古本は数冊あり、この前手に入れた。

「月光川の魚研究会」というタイトルです。バーテンダーと客の語る東京千夜一夜物語という風情で、そう書くとなんや、つまらねぇという感じですが、これがなかなか。ファンタジィかな、事実かな、いずれにしろ結構苦い。ブラックチョコレートです。カカオ80%くらい。

僕は生活臭のない、かといってスタイリッシュなのは嫌で、ハッピーやスイートも嫌で、だけどbeautifulなのが好きと。ちょっとビターなのが一番いい。これはかなりいいとこに来てる。最初はやっぱりあんまり文章がうまくねぇなぁとか思ってたんだけど(売れてる作家はやっぱりすごいもんです)あまり気にならなくなり、これはこれでスタイルね、と思ったりして。

何人か、僕には偏愛する作家がいるのですが、いずれもごくわずかしか書いてなく、この方もおそらくこれ1冊ね。すごい本物のプロも好きですが、こういうマイナーな、はまる方ははまるという路線は僕の中に抜きがたくあるようです。音楽でも。

ニッチ?仕事の、いわゆる研究的なところはやはりそうか。一事が万事。これも個性で仕方ないね。

 

 

またまた抗加齢医学会

 5月の25,26,27日と大阪で抗加齢医学会総会がありました。地元です。会長も日ごろ仲良くさせていただいている近畿大学皮膚科教授の山田先生ということで、いつもの総会にまして心の中の重要度は高かった。

うちの発表演題の一つは、認知機能が低下すると和音を聴いた時に喚起される情動、気持ちが、普通の場合と異なってくるというもので、認知機能が低下するより前に嗅覚が落ちるとか認知症における感覚機能の低下が最近話題ですが、こういった情動に着目したものはほとんどなくてこれは自信の演題であった。といっても全くのオリジナルでなく、例年の抗加齢医学夏合宿で独協医大の岩波先生が発表されたものを少しモディファイさせていただいて、岩波先生も共同演者です。

僕は他のセクションで座長をしていたので小西先生が発表してくれたのを聞けなかったのだが、なかなか好評だったようで、これはペーパーに出来るかな。僕は座長が3つ、発表が1つとなかなか多忙でしたが、いろいろ勉強になることが多く、月並みであるが充実した大会でした。

それ以降、私的にも幾つかやるべきことが終わり、なんやかんやこれを書いている6月10日は、なべて世はこともなし。 気も抜けているがリフレッシュ感すごくあり。 明日から楽しみ。

 

録画撮り


この前テレビの録画撮りに行ってきました。「マルコポロリ」という日曜お昼ににやっているバラエティ番組。最近よくある医学特集で「死にたくなければ知っておけ!医療の真実ぶっちゃけSP」という、今考えるとちょっと考えたほうがよかったかな・・・という気がしてくるタイトル。

出演しているタレントさんの健康に関する疑問に答えるという趣旨で、前に出たこともある番組だったけどディレクターさんから電話があった段階で外来部長のH嬢に相談。彼女は適正なバランス感覚、判断力を持っていて、前に出演依頼のあった某お笑い番組(お笑いしかオファーが来ないのが僕の限界という気がするなぁ)は彼女の「断りましょう!」という決断を尊重して止めたところ、後から見てやっぱりやめてよかったーと思った経験があったからだ。大体僕はスポーツ中継とニュース以外ほとんどテレビを見ないのでわかんねぇよ。

「そういう企画ならいいんじゃないですか」というご宣託をいただいたので了解し、打ち合わせにディレクターと関係者が来られる。医学的に面白そうなネタをいくつか話し、あと何回かメール、ファックスのやり取りがあり、2週間ほどしてからスタジオへ。

控室もあるし台本もあったんですが、結果的には全く台本通りではなかったです。また竹原慎二さんという元プロボクサーのチャンピオンで膀胱がんの発見が遅れて死の淵から再起した方がゲストだったんですが、その顛末の再現フイルムの何というか医者がひどくて、これは言い訳のしようもない。竹原さんは思い出してエキサイトしてくるし芸人さんたちも同情的かつ横柄な医者が多いよなー的な雰囲気が出てきて、僕に対してはいろいろ気を使っていただいたんですがなんともリラックスしにくいなぁ。専門じゃないことも色々訊かれるし終わるとドッと疲れた。

まぁ編集にまかすしかないな・・・。

どうもメンタルもアピアランスもテレビ向きじゃないし、もうこれが最後ね。

暗くなるまで待って

僕はアマゾンフリークです、というのもなんか恥ずかしいな。主としてkindleなのですが、最近は amazon music をダウンロードして聴くことが多く、CDも買わなくなった。

ある日なんとなくiPhone にダウンロードする曲を探していたところ、スコット・ウオーカーのwait until dark を見つけた。「暗くなるまで待って」。  ガーーーーン。 過去にフラッシュバックする。

高校生のころ、スコット・ウオーカーがメンバーだったウオーカーブラザースがちょっと好きで、その中で一番人気だったスコットのシングルヒット「ジャッキー」をシングル盤で購入して実家の古いステレオでよく聴いていた。そのB面が「暗くなるまで待って」だったのだ。ヘンリー・マンシーニの作曲。もともとオードリー・ヘップバーンの映画(サスペンスだけどシックないい映画。悪役がアラン・アーキンだったなんてのも覚えている)の主題歌で、映画は見ていたけど曲は印象に残らなかった。しかしこのB面は本当に素敵で、何というかジャズのスタンダードに通じる大人の音楽に触れた気がして、10代の僕の心は大いに揺れたのであった。

半世紀近くぶりに聴いた曲は、以前の心の高ぶりを再現しなかった。うーん。昔好きだった美少女に今会った感じと似ているような気がする。面影は確かにある、ところどころ煌めくものがある、でもその頃のように何度も会いたくなるかな?  しかたなかろ。僕も変わるよ。

大好きだった大林宣彦監督の映画「ハウス」(公開映画館を追いかけて4度くらい見た)をDVDで手に入れて見たときも、軽い失望感から最後まで見れなかった。   悲しいことだ・・・。

ある時期夢中になったものは非常に個人の時代性とマッチしていて、夢中であればあるほど時間がたつと色あせるのかもしれんなぁ。しかし昔大好きで、時間をおいても好きなものも確かにある。それが僕のコアなんだろう。音楽、本、映画、そして人。

それを挙げていくと自分がわかるかもね。今度やってみます。

 

 

Night Safari in Osaka

3月の終わり、天王寺動物園の「ナイトズー」(そう書いてあった)に行ってきた。上の写真は通天閣をバックにたたずむ犀であります。定期的には開催されてないそうで、桜も満開、夜風も涼しく、総年齢150歳近い我々大人3人組はちょっと旅行気分でありました。

天王寺は高校が寺田町にあったこともあって10代の頃は近しい町であったが、大人になってからは滅多に行くこともなく、天王寺動物園なんぞ半世紀ぶりではなかろうか。久方ぶりに行ってみると進歩が見られるというよりも、やたら動物が亡くなったという掲示があったり(コアラも餌代が高くもうすぐ閉鎖するそうである)、展示や客の整理の仕方なぞゆるさが爆発していて、しなび具合があんまり昔と変わってない印象が。

しかし日もよかったんだろうけど本当に気分よく過ごせた。休みの日は何となく仕事のことが頭を離れず、何かしら自分にとってベネフィットのあることをやっていないと無駄な時間を過ごしたような気持ちがあったのだが、これはいかん!間違っている!

こういった自分を忘れる快楽の時間は実はすごく大事で、その時間が長いほどいい人間になれる気がする。

コリン・ウィルソンの「賢者の石」に「恍惚の餌で飼った鼠は長生きする」という文章がある。しかり。恍惚の反対語は退屈であろうか。長生きのために悦楽を探せ!それは近くにある、きっと。

水のかたち

久しぶりに映画館で映画を見た。「shape of water」、アカデミー賞最多ノミネートに関係なく前から見たかったのね、これ。一言でいうとアマゾンの半魚人と障害で発語できない人間女性との恋愛ものだけど、しかし。

美しい・・・映像の感じがとても好み。見終わってから数日、頭の中で何度も色々なシーンがフラッシュバックしていた。美人なのかどうかよく分からない主演女優のサリー・ホーキンスが役柄にぴったりでファンタステック。半魚人も目がまるで魚でよく出来ていた。

ストーリーは先が読めるし、展開も急ぎすぎてるんじゃないと思えるところがあって最初やや乗り切れないところがあったんだが、全然よくなった。リアルとファンタジーが絶妙に交差し結構笑えるところもある。登場人物全員が何かとハンディを持っていてそれは現実生活でも同じことだけど、欠点というか人と違う点は退けるのではなく認めなくては駄目ね、とつまらん教訓も引き出せる。しかし何よりもラブストーリーで、最後はぐっと涙腺にきます。

もう一度見て気持ちがどう変わるか確かめたい。

63

63歳になった。いゃーびっくり、63というのはなかなか重みのある数字だねぇ。

20代の時はジジイ過ぎて想像もしない年代。でもいざなってみると、恥ずかしい話だが20代の時とそんなに変わんね。さすがに経験値が増えてるので世の中や人間の仕組みが少し透けて見えるので生きやすくなってるのは確かですが。

月並みすぎて申し訳ないが、速いー!パラパラ漫画のように時間が過ぎていく。

「邯鄲の夢」という中国の故事が好きである。若者が出世しようと街に出る旅の途中でふとウトウトした間に自分のこれからの波乱万丈の人生を一瞬の夢で見る、目覚めてその虚しさに気づき故郷に帰るという話。

僕も死の淵に立った時、ふと目が覚めると何も変わっていない10代の頃の僕が居たら、こいつは嬉しいな。故郷なんかには帰らない。ぜひそうなってほしいが叶わぬ夢?  いやいやそんなことはない。

僕が生まれた年の日本人の平均寿命は63歳。驚異の死亡率の低下がなければ今の僕は死の淵に立っていたはず、と。もう死んだも同然と。とすると、これは今夢から覚めたというふうに考えてもおかしくはない。

というわけで生まれ変わった気持ちでブログも再開、股関節の手術後ほんとに疲れなくなり体力的にはどう考えても若返ってるので63-X(恥ずかしくて書けない)歳で目が覚めたと、これから若気の至りを連発することに決定しました。

屋上庭園

この春にクリニックの3階にあった院長室と法人本部を4階に引っ越した。もともと普通の住居だったところで屋上テラスに小さな花壇がある。そこはもう荒れ放題になっていたのだがお世話になっている造園屋さんに少し手入れをお願いして可愛い庭園ができた。

「これからは雑草が生えてくるので抜いてくださいね」と言われたのだが、枯れ木も山の賑わい、雑草も花壇の賑わいじゃねえのと放置。ある晴れた午後、珍しく目下のところ片付けなくてはならない仕事もなく、医学雑誌を読んでいると眠くなってきて、今しかない!と決心し雑草を抜きにかかる。

本部のF嬢も「どれが雑草なんですか?」とか言いながら手伝ってくれる。途中で仕事で来たM男爵も加わり小一時間で大体完成。男二人がそそくさと切り上げようとしてもF嬢は未練たっぷりで最後まで部屋に帰る途中でさっと1本抜いていく。

おかげさまですっきりした。何でもそうだけどメインテナンスが大事だなと思う。上の写真は夕方に浮かび上がった屋上庭園。雑草が大威張りの時とは気分が違う。環境を美しくすることはかなり気分に影響するな。美しい環境からクリーンな考えを生み出そう。

Bad old soldier is back

「不良老兵の帰還」っと。タイトルを決めてキーボードをたたく。

ブログの入力サイトに入るパスワードは記録していたけどIDなんてヤマ勘で、まったくよく入れたもんだ。10年間毎月続けていたブログを中止したのが昨年の12月。ブログって自己顕示とか自慢じゃねぇ?という考えに突然襲われ全く書けなくなったのであった。患者さんやスタッフに僕のことを知ってもらうことは悪いことではないと思って極力医学的なことは書かずプライベート主体で書き続けていたので、もう続行不可能。

心の片隅でこのままほっといていいもんだろうかという疑念があり、今回HPも少しづつ改変していくことにしたのでそれを機にカンバッーク!を決意したわけでございます。わずかだけど書かないの?という声もあり、HPを見てクリニックに来られる方も増えているので選択の判断材料として当初の趣旨通り「院長はこんなやつ」を書いていくことにする。でもFacebookには連動しないことにした。

休止していた約半年、これは両側股関節を手術したことにより著しく行動範囲が広がった時期でもあるのだが、ゆっくり休んでましたという記憶があまりない。何をやってたんでしょうね?日常の診療業務以外に抗加齢関係や認知症がらみの研究会、諸々の会合があり、仕事関係はなかなか充実しておったわいと思われる。

しかしそれにもまして忙しかったのが飲み食いの機会が増えたことだなぁ。なんの自慢にもならん。仕事関係は足の調子が悪くても参加していたが、お遊びは結構控えていた。行く気にならん。しかし文字通りその足枷がとれた今、過去の損失を取り返そうとNoといわない男に成り下がっているようだ。

だけどこれは決してマイナスではないのだなぁ。一人で閉じこもって仕事をしていても、ある種の成果は上がるがラッキーは掴めない(ことが多い)。運は人が運んでくるので、人と会わない限りラッキーには巡り合わないのです。誘われたらとりあえずのる。馬には乗ってみよ、人には添うてみよ。打席に立たない限りヒットは打てないぜ、っと。打席に立つ回数の多い奴が結局はヒット数が多いぜ、っと。

で、出来る限り外に出かけていくことにする。仕事はもちろん、気乗りしないお食事会でも何か得るものがあると信じて(実際そうなのだ)。そうしないと折角2か月近くも休診して手術をした意味がないではないか。これは天命なのである。

 

 

術後の話はこれで終わり。

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つい最近もこんなのやってました。

術後一ヶ月と少しが過ぎた。いやもう大違い。痛い方の手術をしたとき、痛みが無くなることがこんなに大きいのか、実は手術前は軽い鬱だったんじゃないかなとブログに書いた(勿論、御冗談を!という反応がほとんどだったけど)。今回は両足が自由に思う様に動けること、歩けることの喜びをしみじみ感じています・・・。

行動範囲が大きくなると考え方のスケールも拡大する、ような気がする。もともとが大きくないスケールと自覚し、わずかでも大きい方を選択していくとちょっとは変わるんじゃないかと。肉体的な行動範囲と精神の飛躍度、自由度は別とは思うけど(ホーキング博士を見よ、パラリンピックを見よ!)、凡人の私には少なからず影響しているようです。

せっかく自由になる翼を付けていただいたのだから使わないと罰が当たると思いセコセコとした結果、ブログも書かず仕事もそれ以外も忙しくやってました。楽しく時間を過ごしているけど、身体を守る慎重さがかなり身についてきたのがいいところかなぁ。

①今までできなかった有酸素運動を毎日。大学時代にクラブで距離スキーをしていたので長距離走は得意である。それがパタッと5年間ぐらい有酸素運動ってなに?と言うくらい無縁のライフスタイルとなったので心肺機能低下は著しい。でも走るのは人工関節によくないのでフィットネスバイクを毎日、時間のある時は30分、無い時は15分でも最低心拍数120以上を目標にこぐ。最初お尻が痛かったが慣れてきた。毎日やってると前立腺が心配。ジジイか。

②筋トレを再開。トレーナーの武ちゃんは術後のリハビリを念頭に下半身強化のプログラムをやってくれるので(朝7時から1時間半、週1回)、それ以外は最低2回上半身中心に自主トレする。30分もかけてない。

③アルコールは楽しい付き合い以外ほとんど飲まなくなった(でも楽しい付き合いは増えたような気がする)。

④糖質制限までいかないまでもかなり減量。あまり苦でない。筋トレの後は気にせず食べる。

ぜんぜんストイックじゃないな。これでもなかなか苦労してヨタヨタと続けてます。こういうのって体型とか精神力とかに僕は初期効果が出やすいタイプなので割と納得している。で、まっ、ちりも積もれば山になるだろう、多分。