暗くなるまで待って

僕はアマゾンフリークです、というのもなんか恥ずかしいな。主としてkindleなのですが、最近は amazon music をダウンロードして聴くことが多く、CDも買わなくなった。

ある日なんとなくiPhone にダウンロードする曲を探していたところ、スコット・ウオーカーのwait until dark を見つけた。「暗くなるまで待って」。  ガーーーーン。 過去にフラッシュバックする。

高校生のころ、スコット・ウオーカーがメンバーだったウオーカーブラザースがちょっと好きで、その中で一番人気だったスコットのシングルヒット「ジャッキー」をシングル盤で購入して実家の古いステレオでよく聴いていた。そのB面が「暗くなるまで待って」だったのだ。ヘンリー・マンシーニの作曲。もともとオードリー・ヘップバーンの映画(サスペンスだけどシックないい映画。悪役がアラン・アーキンだったなんてのも覚えている)の主題歌で、映画は見ていたけど曲は印象に残らなかった。しかしこのB面は本当に素敵で、何というかジャズのスタンダードに通じる大人の音楽に触れた気がして、10代の僕の心は大いに揺れたのであった。

半世紀近くぶりに聴いた曲は、以前の心の高ぶりを再現しなかった。うーん。昔好きだった美少女に今会った感じと似ているような気がする。面影は確かにある、ところどころ煌めくものがある、でもその頃のように何度も会いたくなるかな?  しかたなかろ。僕も変わるよ。

大好きだった大林宣彦監督の映画「ハウス」(公開映画館を追いかけて4度くらい見た)をDVDで手に入れて見たときも、軽い失望感から最後まで見れなかった。   悲しいことだ・・・。

ある時期夢中になったものは非常に個人の時代性とマッチしていて、夢中であればあるほど時間がたつと色あせるのかもしれんなぁ。しかし昔大好きで、時間をおいても好きなものも確かにある。それが僕のコアなんだろう。音楽、本、映画、そして人。

それを挙げていくと自分がわかるかもね。今度やってみます。

 

 

Night Safari in Osaka

3月の終わり、天王寺動物園の「ナイトズー」(そう書いてあった)に行ってきた。上の写真は通天閣をバックにたたずむ犀であります。定期的には開催されてないそうで、桜も満開、夜風も涼しく、総年齢150歳近い我々大人3人組はちょっと旅行気分でありました。

天王寺は高校が寺田町にあったこともあって10代の頃は近しい町であったが、大人になってからは滅多に行くこともなく、天王寺動物園なんぞ半世紀ぶりではなかろうか。久方ぶりに行ってみると進歩が見られるというよりも、やたら動物が亡くなったという掲示があったり(コアラも餌代が高くもうすぐ閉鎖するそうである)、展示や客の整理の仕方なぞゆるさが爆発していて、しなび具合があんまり昔と変わってない印象が。

しかし日もよかったんだろうけど本当に気分よく過ごせた。休みの日は何となく仕事のことが頭を離れず、何かしら自分にとってベネフィットのあることをやっていないと無駄な時間を過ごしたような気持ちがあったのだが、これはいかん!間違っている!

こういった自分を忘れる快楽の時間は実はすごく大事で、その時間が長いほどいい人間になれる気がする。

コリン・ウィルソンの「賢者の石」に「恍惚の餌で飼った鼠は長生きする」という文章がある。しかり。恍惚の反対語は退屈であろうか。長生きのために悦楽を探せ!それは近くにある、きっと。

水のかたち

久しぶりに映画館で映画を見た。「shape of water」、アカデミー賞最多ノミネートに関係なく前から見たかったのね、これ。一言でいうとアマゾンの半魚人と障害で発語できない人間女性との恋愛ものだけど、しかし。

美しい・・・映像の感じがとても好み。見終わってから数日、頭の中で何度も色々なシーンがフラッシュバックしていた。美人なのかどうかよく分からない主演女優のサリー・ホーキンスが役柄にぴったりでファンタステック。半魚人も目がまるで魚でよく出来ていた。

ストーリーは先が読めるし、展開も急ぎすぎてるんじゃないと思えるところがあって最初やや乗り切れないところがあったんだが、全然よくなった。リアルとファンタジーが絶妙に交差し結構笑えるところもある。登場人物全員が何かとハンディを持っていてそれは現実生活でも同じことだけど、欠点というか人と違う点は退けるのではなく認めなくては駄目ね、とつまらん教訓も引き出せる。しかし何よりもラブストーリーで、最後はぐっと涙腺にきます。

もう一度見て気持ちがどう変わるか確かめたい。

63

63歳になった。いゃーびっくり、63というのはなかなか重みのある数字だねぇ。

20代の時はジジイ過ぎて想像もしない年代。でもいざなってみると、恥ずかしい話だが20代の時とそんなに変わんね。さすがに経験値が増えてるので世の中や人間の仕組みが少し透けて見えるので生きやすくなってるのは確かですが。

月並みすぎて申し訳ないが、速いー!パラパラ漫画のように時間が過ぎていく。

「邯鄲の夢」という中国の故事が好きである。若者が出世しようと街に出る旅の途中でふとウトウトした間に自分のこれからの波乱万丈の人生を一瞬の夢で見る、目覚めてその虚しさに気づき故郷に帰るという話。

僕も死の淵に立った時、ふと目が覚めると何も変わっていない10代の頃の僕が居たら、こいつは嬉しいな。故郷なんかには帰らない。ぜひそうなってほしいが叶わぬ夢?  いやいやそんなことはない。

僕が生まれた年の日本人の平均寿命は63歳。驚異の死亡率の低下がなければ今の僕は死の淵に立っていたはず、と。もう死んだも同然と。とすると、これは今夢から覚めたというふうに考えてもおかしくはない。

というわけで生まれ変わった気持ちでブログも再開、股関節の手術後ほんとに疲れなくなり体力的にはどう考えても若返ってるので63-X(恥ずかしくて書けない)歳で目が覚めたと、これから若気の至りを連発することに決定しました。

屋上庭園

この春にクリニックの3階にあった院長室と法人本部を4階に引っ越した。もともと普通の住居だったところで屋上テラスに小さな花壇がある。そこはもう荒れ放題になっていたのだがお世話になっている造園屋さんに少し手入れをお願いして可愛い庭園ができた。

「これからは雑草が生えてくるので抜いてくださいね」と言われたのだが、枯れ木も山の賑わい、雑草も花壇の賑わいじゃねえのと放置。ある晴れた午後、珍しく目下のところ片付けなくてはならない仕事もなく、医学雑誌を読んでいると眠くなってきて、今しかない!と決心し雑草を抜きにかかる。

本部のF嬢も「どれが雑草なんですか?」とか言いながら手伝ってくれる。途中で仕事で来たM男爵も加わり小一時間で大体完成。男二人がそそくさと切り上げようとしてもF嬢は未練たっぷりで最後まで部屋に帰る途中でさっと1本抜いていく。

おかげさまですっきりした。何でもそうだけどメインテナンスが大事だなと思う。上の写真は夕方に浮かび上がった屋上庭園。雑草が大威張りの時とは気分が違う。環境を美しくすることはかなり気分に影響するな。美しい環境からクリーンな考えを生み出そう。

Bad old soldier is back

「不良老兵の帰還」っと。タイトルを決めてキーボードをたたく。

ブログの入力サイトに入るパスワードは記録していたけどIDなんてヤマ勘で、まったくよく入れたもんだ。10年間毎月続けていたブログを中止したのが昨年の12月。ブログって自己顕示とか自慢じゃねぇ?という考えに突然襲われ全く書けなくなったのであった。患者さんやスタッフに僕のことを知ってもらうことは悪いことではないと思って極力医学的なことは書かずプライベート主体で書き続けていたので、もう続行不可能。

心の片隅でこのままほっといていいもんだろうかという疑念があり、今回HPも少しづつ改変していくことにしたのでそれを機にカンバッーク!を決意したわけでございます。わずかだけど書かないの?という声もあり、HPを見てクリニックに来られる方も増えているので選択の判断材料として当初の趣旨通り「院長はこんなやつ」を書いていくことにする。でもFacebookには連動しないことにした。

休止していた約半年、これは両側股関節を手術したことにより著しく行動範囲が広がった時期でもあるのだが、ゆっくり休んでましたという記憶があまりない。何をやってたんでしょうね?日常の診療業務以外に抗加齢関係や認知症がらみの研究会、諸々の会合があり、仕事関係はなかなか充実しておったわいと思われる。

しかしそれにもまして忙しかったのが飲み食いの機会が増えたことだなぁ。なんの自慢にもならん。仕事関係は足の調子が悪くても参加していたが、お遊びは結構控えていた。行く気にならん。しかし文字通りその足枷がとれた今、過去の損失を取り返そうとNoといわない男に成り下がっているようだ。

だけどこれは決してマイナスではないのだなぁ。一人で閉じこもって仕事をしていても、ある種の成果は上がるがラッキーは掴めない(ことが多い)。運は人が運んでくるので、人と会わない限りラッキーには巡り合わないのです。誘われたらとりあえずのる。馬には乗ってみよ、人には添うてみよ。打席に立たない限りヒットは打てないぜ、っと。打席に立つ回数の多い奴が結局はヒット数が多いぜ、っと。

で、出来る限り外に出かけていくことにする。仕事はもちろん、気乗りしないお食事会でも何か得るものがあると信じて(実際そうなのだ)。そうしないと折角2か月近くも休診して手術をした意味がないではないか。これは天命なのである。

 

 

術後の話はこれで終わり。

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つい最近もこんなのやってました。

術後一ヶ月と少しが過ぎた。いやもう大違い。痛い方の手術をしたとき、痛みが無くなることがこんなに大きいのか、実は手術前は軽い鬱だったんじゃないかなとブログに書いた(勿論、御冗談を!という反応がほとんどだったけど)。今回は両足が自由に思う様に動けること、歩けることの喜びをしみじみ感じています・・・。

行動範囲が大きくなると考え方のスケールも拡大する、ような気がする。もともとが大きくないスケールと自覚し、わずかでも大きい方を選択していくとちょっとは変わるんじゃないかと。肉体的な行動範囲と精神の飛躍度、自由度は別とは思うけど(ホーキング博士を見よ、パラリンピックを見よ!)、凡人の私には少なからず影響しているようです。

せっかく自由になる翼を付けていただいたのだから使わないと罰が当たると思いセコセコとした結果、ブログも書かず仕事もそれ以外も忙しくやってました。楽しく時間を過ごしているけど、身体を守る慎重さがかなり身についてきたのがいいところかなぁ。

①今までできなかった有酸素運動を毎日。大学時代にクラブで距離スキーをしていたので長距離走は得意である。それがパタッと5年間ぐらい有酸素運動ってなに?と言うくらい無縁のライフスタイルとなったので心肺機能低下は著しい。でも走るのは人工関節によくないのでフィットネスバイクを毎日、時間のある時は30分、無い時は15分でも最低心拍数120以上を目標にこぐ。最初お尻が痛かったが慣れてきた。毎日やってると前立腺が心配。ジジイか。

②筋トレを再開。トレーナーの武ちゃんは術後のリハビリを念頭に下半身強化のプログラムをやってくれるので(朝7時から1時間半、週1回)、それ以外は最低2回上半身中心に自主トレする。30分もかけてない。

③アルコールは楽しい付き合い以外ほとんど飲まなくなった(でも楽しい付き合いは増えたような気がする)。

④糖質制限までいかないまでもかなり減量。あまり苦でない。筋トレの後は気にせず食べる。

ぜんぜんストイックじゃないな。これでもなかなか苦労してヨタヨタと続けてます。こういうのって体型とか精神力とかに僕は初期効果が出やすいタイプなので割と納得している。で、まっ、ちりも積もれば山になるだろう、多分。

 

 

 

 

入院中に考えたこと

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                   病院の屋上から

9月の中旬から2週間、以前手術した方と反対側を人工股関節に置換するため入院した。もうロボットと言っても過言ではない。前回はなんの痛みもなく笑って過ごせたので今回も同じようにうまくいくかな?そんなに世の中甘くないんちゃう?という予防線的な予感は的中し、術後当日はホンマに死にそうだった。手術側太腿の筋肉がつる、こむら返りがずっと強弱を変えながら続く感じで・・・思い出しても汗が出る・・・死にました。2回目の手術でよかったぁ。最初にこれを経験していたら次をやる気にはなっていなかったじゃなかろうか、多分。

同じ人を同じように手術しても痛みの出る程度が違います、と主治医。そうですよねー。これはひょとすると入院が長引くんちゃうか、若干見切りで前回より休診期間を短めに取ったのは間違いか?と思ったりしたのですが運命の神様はそう意地悪でなく、術後3日目くらいから急激に治癒が進行し、1週間目には杖無しで歩けるくらいになっていて、前回より回復が早い。結局予想通りの退院となり今はパッと見、普通の人です(ちょうど今日は手術して2週間目)。

前回は物珍しさもありブログで経過報告もしていたのですが、今回はブログって結局自慢、自己顕示欲じゃない、というフレーズが頭の中をぐるぐるしていて書く気にならなかった。でも元々このブログは医学的知識を披露するのではなくスタッフや患者さん、僕といろんな形で接触のある人に僕を知ってもらうことが目的なので・・・・・・・・・ではつとめて恥や失敗を書けば、と思い直した。お笑いでいくと。HPの僕のブログを見て面白かったので受診しました、なんて奇特な人もいるので意味はあるかね。

入院中、内科専門医のためのセルフトレーニング問題を9月中に提出しなければ資格剥奪という恐ろしいお達しがあったので必死でやる。5年前の前回は結構難しくて時間がかかったのだが、今回は割と・・・(偉そうに言って60点無いかもしれん。無いと剥奪)。それ以外にも提出物(揃いも揃って今月中)が幾つかあり、外来の受付からも電話が結構入り、誰も僕が入院中の病人とは思ってないよね、きっと、と確信する。

医学以外の本もかなり読んだ。でだ、何を言いたかったというと片岡義男氏の「僕のオートバイ、彼女の島」を再読したということが頭に残っているのだ。20代後半に読み、影響を受けてバイクの免許を取り、その当時何回も読んだけどいつしか時の彼方に消えていった。ところが最近片岡氏に再び脚光が当たっていて著作物の全電子化が進行している。でKindleで発見し再読したと。

忘れていたエピソードもあったけどいくつかの印象的なシーンはよく覚えていて、あぁここねと思いながら読む。で、ここで視線が止まった。

なぜオートバイに乗るのか、という質問にだけ、次のようにこたえておいた。

「退屈だからに違いない。退屈だと、何をやっても、自分の好きなように、どんなふうにでも適当にごまかせてしまうから。音楽だって、そうだろう。だけど、オートバイだけは、適当にごまかすことはできない。ごまかしていると、やがてかならず、しっぺがえしがくる。厳しいんだ。だから、乗るのさ、最高の緊張だよ」

彼女からすぐ返事がくる。

「私も退屈なの」という書き出しの手紙だった。

「何となく感じてはいたのだけど、お手紙を読んで、はっきりしたみたい。退屈なのね。毎日の生活はいちおうきまっていて、きちんとそれをやっていけば、それはそれでいいんだろうけど、そのかわりに、いま自分のいるところから、ずっと先まで見えてしまうみたい。どうしたらいい?」

自分にとってのオートバイは何なのか?という問題だな。

今だと「仕事だよ」と答える。 だけどそれには多少の義務感、責任感が伴う? すごく好きで退屈しない、念入りにメインテナンスすること自体に喜びを覚える、そんななにか。

うーん、やっぱり今のところ仕事だな。一番リーズナブル。

ちょっとつまらない気もする。こいつと別のなにかが並列している方がいい。

と、結論は出てません。

 

 

 

 

入院2回目どうでしょう?

先日入院してきました。4月に右股関節を手術してからはや4ヶ月、もう9月に次の左です。とりあえず1日検査入院ということで、自己輸血用の採血や麻酔科受診、CT、静脈血栓の有無を調べるエコーなど諸々をやってきました。どうも僕は病院が性に合ってるようでとても楽しい。検査で病院内をグルグル動きながら、こんなふうにやってるのね、とか思って時間を持て余すこともなく興味津々です。各セクションの連絡具合や接遇態度も経営者視線でみながら色々勉強させていただきましたが、基本的に同業である医療従事者を好きなんだなと思います。

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部屋の窓から。入院するにはもったいない日。

8月はまさに台風のように過ぎていきました。

久しぶりにお盆に白浜にカヤックに行く。いつものメンバーのイッシーが新しくプリウスを購入、それの足慣らしも兼ねてなのですが、なんと!ダッシュボード、シートまで外観と同じく白!です。気でも狂ったのでしょうか?みんなで耳なし芳一ようにサイドミラーだけを残して般若心経を黒マジックでボディにもダッシュボードにも書くことにしました。

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僕のショートパンツはリオの海岸でスマホを奪われそうになって格闘した時に破れたものです(ウソ)。

 

白浜の海は澄んでいて、久しぶりに遠出しました。沖合の島に着いたとき、一緒に漕いでいた男爵と仕事のアイデアがまとまり一石二鳥。

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ここからエントリー。水はとても澄んでいます。

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そうそうこれを忘れてはいけない。鈴木茂氏のコンサートに行った。いつものようにロック相棒Randyと一緒です。彼の初ソロアルバム「バンドワゴン」は僕の心のベストテンの1枚で、今聴いてもカッコええなぁーと思います。すごく楽しみだったのですが正直ちょっと期待外れ。彼はマリファナ所持でつかまったり、ずっとステージ活動をしてきたのではないとは知っていますが、曲間の流れがぎくしゃくしたり1曲目を歌い終わったら明らかに息が切れていて、インストが多かったのも多分歌えないんだろうなぁと思っちゃたりするので、ミックやポールの圧倒的なパフォーマンスを見た身としては、ちょっと淋しかったです。圧倒的だったのは共演した吉田美奈子さんで、3曲ほど歌ったのですがステージの頂点でした。鈴木茂はやっぱりスタジオミュージシャンがいいのね。

しかしまた聴く機会があったら絶対行くと思います。ファンですね・・・。

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高血圧、じゃなかった高気圧ジジイ

高気圧

一昨日、突然幕がスルスルと上がって夏が始まった。全然違うやん、と朝、車に乗り込むときに思う。陽光が違うし蝉の声もダンチにうるさい。おお、麗しの夏よ、せっかく来てくれたのに後せいぜい2週間程度のお付き合い。仕事なんかしてる暇はない。

「夏とは単なる季節ではない。それは心の状態なのだ」 片岡義男氏の至言をかみしめながら。

退院してから沢山やること、やりたいことがあって手術前よりグッと時間が凝縮している。幸いにして世界の輝度は上がったまま。今までもったいないことしたな。でもそんなこと言ったってしょうがない。

先週、第7回抗加齢医学臨床サマーミーティングが東京トータルライフクリニックの馬渕先生担当幹事で浅草であった。これでシーズン1が終わり来年から心機一転、創立者田中先生の地元静岡からシーズン2が始まる。70人以上参加し幕切れにふさわしい充実した会で、発表内容もグレード高く、抗加齢医学会理事の先生方も「学会と変わらないね」と感想を述べられるくらいだった。当院も一見正常に見える外来定期通院患者さんの中から認知症を拾い上げる、スタッフの手間がかからない自己記入式のテストの成果を発表した。発表側が自信満々に較べその便利さがこちらの発表テクニックの未熟さでうまく伝わらなかった感あり、若干残念。しかし今度の抗加齢医学会までに症例数を増やしてまとめる予定で、何よりもスタッフが熱意を燃やしているのできっとうまくいくと確信している。

このミーティングは実際に抗加齢医学を臨床で行っているドクター、コメディカルが参加しているのだが、みんなの明るさが特徴だと思う。日常の外来で結構手一杯のはずなのに臨床研究をやるという人達のバイタリティと好奇心と自負は、日常の詰まらないことなんて気にしないという健康な明るさにあふれている。愚痴、なし。いいね。

運転しながら会であったことを思いだしていると、カーステレオから「高気圧ガール」が流れている。空気感がこの朝にぴったりだ。「夏だ、海だ、達郎だ!」という古臭いコピーを思い出し、この短い夏を楽しく過ごす策略に思いをはせ、そして高気圧ジジイじゃなくっちゃね、と思い至ったのである。