全身医者!!

鍼灸の印象はあまりよくなかった。

研修医の時、気胸で入院された中年の女性がいて、その原因が鍼灸だった。長い針が皮膚を貫通して肺に穴を開けたのだ。畳針のような長い針が突き立てられているのを想像した。「おっそろしー!」。何の知識も無かったのだ。その時以来鍼灸が僕の興味に入ってくることは無かった。
 
時は流れる。

ご老人をたくさん診察するようになると、本当に身体の痛みを訴える方が多い。病気というよりも加齢による自然変化ともいえる。しかし医者のできることはせいぜい痛み止めを出すくらいで根本解決にはならない。むしろ痛み止めは腎機能を障害する可能性もありあまり使用しないほうがいいのだ。どうする?そんな時論文で鍼灸の関節痛に対する効果を知った。アメリカの論文だった。調べてみると日本ではちゃんとした論文は少なくアメリカが圧倒的に多かった。NIH(アメリカの健康、医療に関する中心的存在の政府機関)が鍼灸も含む代替医療に大きく予算をつけた時期であった。その時、アメリカのUCLA(カリフォルニア大学ロスアンジェルス校)で鍼灸を講義している日系2世の医者が、医療関係者を対象に鍼灸を講義するという3泊4日のセミナーが浜松であるのを知り休診して参加した。大変印象的で有意義なセミナーだった。実はその時、初めて鍼灸で使う針を見たのだ。とても細く清潔で畳針の印象は大きく裏切られたが、自分自身で指に刺してみるという実習はちょっと汗が出た。しかし、「あんまり痛くないな・・・」という記憶が残った。
 
 結局自分自身で鍼灸を患者さんに行うことは修業の時間も無く、施行する時間もとれず不可能だった(高名なトレーナーが無免許で鍼灸をしていたと逮捕された事件がこの前あったが、医師免許があれば鍼灸は可能なのよ)。しかし鍼灸の可能性を信じていた僕は、運命のように優秀な鍼灸師を雇うことができ、診療所のそばに鍼灸院を開設した。しかし、自分で毎週うけるようになろうとはね・・・

 ブッチン!と音がしたとき、右足の踵が急に分厚くなった気がした。周りの人の顔は引きつっていたが本人は最初わけがわからなかった。その後急速に「やったか!」と意識した。10年前にもテニスで左足のアキレス腱を切っていたのだ。今回は手術した(といっても仕事は休まなかった。休診日の朝に入院、手術して翌朝7時に退院して外来をした。はい!自慢です、すいません)。リハビリの時期、ギプスをつけてどたどた走り回ったり、ケンケン100m競争をしたりしていた。どうしようもない私。で、もともと具合の悪かった股関節が両側とも調子が悪くなったのだ。まともに歩けねー。誰が見ても一目で足がお悪いんですかという言葉が出る状況だが、何よりも痛い。走れないと結構面倒だ。心の支えのひとつであるゴルフができないのもかなり痛い・・・。ためらわず僕は鍼灸(そしてアロマ)をチョイスしていた。

 鍼灸はあんまり痛くないです。
ごく軽く皮膚をつまむぐらい。やり終わった後、明らかに足が軽くなり痛みが軽減しているのがわかる。なぜ効くのか?痛みを覚える筋肉は堅く収縮している。針を刺入すると、筋肉は最初収縮するがその後弛緩を続ける。その部位でベータエンドルフィン(脳内麻薬といわれているものの1種で、痛みや悩みの軽減が起こる)の濃度が増すとも報告されている。問題は2,3日で効果が減弱してしまうことだ。これにはできるだけ間隔をつめて施術するしかない。調子の良い時、筋肉は明らかに動きが違う。その間血流もよくなり治癒過程が促進される。だんだん必要とする間隔が長くなっていく。

 針の刺入による筋肉への直接作用だけでなく、それにより喚起される生体内物質の影響による全身作用も報告されている。風邪引きに良いとか、胃や肝機能が良くなるとか、欝が軽くなるとか。人間の体は巨大な化学工場であり、外から入れるより自分で作らせたほうが合理的で安全だ。今日本でも効果を科学的に実証しようとする動きがあるが、文献的には外国のほうが多い。日本が率先してやるべき仕事だと思うけど。
 
 鍼灸のおかげで足の具合はかなりよくなっている。ある本で外国の女性マラソンランナーが競技中に足がつり、何をしたかというとゼッケンを止めているピンをとって自分の足に刺したという話が載っていた。それで足のつりは回復し競技再開となったわけだが、僕もその程度にはできるようになりたいものだ。医者もその程度まで鍼灸に親しんでいると全く別の医療領域まで可能性が広がっていくような気がする。薬のない状況でも人助けができるかもしれない。丸裸でも診断と治療のできる全身医者。歩く救急箱。そのようなものに私はなりたい。

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