実はこのごろアルコールを飲まなくなりました。働き出した25,6歳のころからナイトキャップというか、寝る前に少量のアルコール(時に大量)を本や音楽とともに消費するという生活が定着していて、まったくアルコールの無い日というのは本当に今まで年に数日だったと思うのですが、何なんでしょう、1ヶ月ほど前から突然やめました。ひとつの理由はアルコールを飲んだときの現実から離れた感じ、真実に薄い膜がかかった感じがあまり好きでなくなった。リアルな現実のほうが面白い(ほんまかい!)というのがあります。もうひとつの理由は・・・
内田樹先生という方が神戸女学院に居られます。僕は先生の(といってもほとんど同年輩のようですが)著作を読むたび、なんと頭のいい人がいるのだろう、違った視点で物事を捉えられる人がいるのだろうかと目の覚めるような思いがします。で、先生の最近の文章の中に、僕の心に非常に強く訴えかけてくるものがあったのです。引用します。
とりあえず、ひとつだけわかっていることがある。
それはどんな場合でも、とりわけ危機的状況であればあるほど、「他者からの支援」をとりつける能力の有無が生き延びる可能性に深く関与するということである。
他者からの支援をとりつけるための最良のアプローチは何か?
たぶん、ほとんどのひとは驚かれるだろうけれど、それは「ディセンシー」である。
「強い個体」とは「礼儀正しい個体」である。
この理路は、わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない。
Decency・・・上品で礼儀正しいこと。 「丁寧」という言葉もありますが、これは兵士の盾に関係する言葉で最強の防御であるというのも別の方の著作で読んだことがあります。礼儀正しく丁寧である、きちんとしている、これらはこの大変な、でも面白い時代を生き抜く上で強力な力となる、このことを僕は大いなる共感を持って支持します。
この態度は必ずしも他人に対するときだけではありません。物に対しても、出来事に対しても、そして自分自身に対してもです。で、僕は自分自身の肉体に対してもディセンシーであろうとアルコ−ルをやめたのです。
だからたまに飲むときはですねー、これは礼儀も理性も何も無くていいや!というわけで・・・(最悪じゃん)。