フレイルという言葉がある。日本老年医学会が加齢に伴って筋力や心身の状態が低下した状態のことをFrailty(弱い、虚弱)からフレイルと呼びましょうと昨年提唱したのである。以前は「虚弱老人」と言っていた。健康と病気の中間で、65歳以上の高齢者の1割強があたるとされる。骨や関節など運動器の衰えたロコモティブシンドロームや、筋肉量減少、筋力低下のサルコペニアもフレイルに含まれるが、このまま進行すると要介護状態となるのである。
僕の外来にはご高齢の方が多いが、フレイルにあたる方は結構多い。そういった方は転倒しやすく、免疫状態も良くなくて風邪もひきやすく、気力も減退気味という印象を受ける。要介護一歩手前である。これはいかん。「抗加齢は抗介護」をテーマとするうちのクリニックの一番の対象であります。
でフレイルをパラパラと勉強していたら目の覚めるような知識が。僕も含めてフレイルというと身体的なことしか思い浮かばない人が多いだろう。しかしフレイルの概念には3種類あり、①身体的フレイル ②精神的フレイル(鬱や認知症などだな) そして③社会的フレイル があるのである。社会的虚弱性!そう、そいつが問題なのだ。 しかも日本のフレイルは、まず社会的フレイルから始まり、次いで精神的フレイルが加わり、最後に身体的フレイルと進むとのこと。
必ずしもこの順番ではないだろうが、男性の場合この道を歩む可能性が高いように思われる。定年後、明らかに生気を失う方を散見する。仕事を離れると男はコミュニケーションが非常にとりにくいようなのである。孤立し、そして心も身体も弱っていく。
ジムに行っている元気な高齢者の方も多いが、案外誰とも話もせず、さっさと済ませて帰っていく男性も多いそうである。おばちゃんたちは身体は動かさないことはあっても口が動かないことはなく、おしゃべりが中心のジム通いというケースも多いそうだが、どっちがフレイルになりにくいかというとやはりおばちゃんたちではないか。
ゴルフとか碁なんかを中心に交流する場もあるが、なんというかスポーツやゲームそのものが中心になって交流そのものが目的というのは日本の男性の場合(特に高齢者は)成り立ちにくい気がする。欧米のクラブとかと違うところだ。大体欧米の男性ってすごくしゃべるもんね。道端で1時間くらい喋ってるっていうのもよくある。日本のおっさんも、飲み屋でないと喋れないというのはそろそろ変えなくてははいかんな、と思う。
見知らぬ他人とちゃんと喋ることができるというのは大人の条件だと僕は思っているのですが、ちゃんとどころか、すぐ友達になれるという好奇心、フランクさがあればフレイルなんて笑い話だ。ここから鍛えていく。なにかの縁で隣り合った人、興味をひかれた人には微笑みながらどんどん話しかけていく。そうしてかっこいい大人になっていく。バイバイ、フレイル。おっちゃん達、どう、年を忘れて一緒にやらない?