偶然の来訪者

 医者の交友範囲は狭い。ほとんどが同業者で、僕のゴルフのパートナーを考えても、医療関係でないのは高校の同級生達や友人の友人といったわずかの人たちである。医療関係者の中でもMR(メディカル・リプレゼンタティブMedical Representativeの頭文字をとったもので、医薬品メーカーの医薬情報担当者)の人たちとは仕事上接する機会が多く、付き合いが単なる仕事を越えて深くなるケースがある。

 大学病院時代、仲がよかったMRさんたちが偉くなって時々訪ねてくれることがある。同級生に会うがごとく、空白の時間は一気に短縮され、つい昨日別れたような感じにしかならない。

 今日、ある高名な先生の講演を僕が企画していて、仲のいいMRさんの同僚(担当地域はまったく別)が担当だというので二人して診療所に来てくれた。なんとなく見たことのある顔だな・・・「先生、覚えておられますか?」「・・・おお、思い出した!やあやあ久しぶり!」彼は開業して2年目くらいの頃に僕を担当していた人で、九州に転勤になり音信が途絶えていた。その後製薬会社を変わり最近大阪に戻ったそうである。

 彼は絵が好きで、どこから聞いたのか僕も絵が好きというのを知っていて、絵のオークションに誘ってくれた。伝手をたどり、画商の方が主として参加する大規模なオークションに出る絵を競り落としましょうというわけだ。画廊で買ったりするより遥かに(びっくりするくらい)安いのである。

 オークションに出る時間はなく、事前に展示されている絵を二人で見に行った。気に入った絵が少しあったので、手ごろな値段でなら購入できると上限を彼と決め、オークション当日は彼が競り落とすことになった。

 後で知ったのだが、彼も実際にオークションに出るのは初めてだったそうである。しかしちゃんと驚くくらい手ごろな値段で手に入れてくれた。その絵は今も僕の手元にあり、荒んだ気持ちを慰めてくれる。

 彼は全く偶然で今日ここに来たのである。ひとしきり昔話をした後、「先生、一度飲みに行きましょうね」と彼はニコニコしながら言ってくれた。突然の来訪者である。しかしこのようなことがあるから何とか毎日やっていけるのだ。
 

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