回想療法

今日は夏だった。5月になっても朝夕冷え込むことが多く風邪引きも多い。皆さん、気をつけてね。この前村上春樹氏の短編集「象の消滅」を買った。彼は今最もノーベル賞に近い作家だよ。知ってる?チェコの文学賞であるフランツカフカ賞を彼は今年受賞したが、この賞は受賞者が次のノーベル文学賞を受賞することが多いことで知られている。チェコの新聞は「ミスター村上はストックホルム行きの切符を予約していたほうがいいだろう」と書いた。素晴らしい。

「象の消滅」にはアメリカ人の編集者がセレクトした17編の初期の短編が収められているが、その中に「午後の最後の芝生」がある。村上氏の短編の中で僕の最も愛するものの一つだ。そこには夏の晴天の日の心に深く残る出来事が記されているが、行間からは夏の昼前から夕方までの、空気とか日差しとか風の匂いがリアルによみがえる。僕は20台の独身のとき、デートの無い休日はよく半日アパートの屋上に海パン1つで寝っころがって音楽を聴きながら好きな雑誌を読んでいたものだ。そのころの夏の空を思い出す…あぁ、青かったよな・・・。本当に何の悩みも無かったなぁ。まっ、そのつけが今廻っているわけですけど。

音楽も強烈に過去を想起させる力がある。僕の年代だと松任谷由美や山下達郎は間違いなく時代のアイコンだった。たまたま出てきたCDを車で聴いていたりすると、ある歌詞でぐっと胸が詰まる、シーンを思い出す、ギャアーと突然反省、頭を垂れて過去の自分を悔いる、というパターンが出現する。車の中でこんなことをやってるようでは馬鹿な上に危なくて仕方が無いですが、まあそれだけ感情を動かす力が強いということでしょう。

認知症の方の治療のひとつに回想療法というのがある。今までの自分の人生を語り、それを他人に共感して聞いてもらえることで今までの受け入れがたかった自分の人生に納得がいく、様様な悔いが氷のように溶けカタルシスが起こり、自分を受け入れる。欝っぽかったり乱暴だった人が、新しく生きなおすような心の安定が得られることがあるのです。

頭をフレッシュに保つためには、インプットだけではだめでアウトプットが大切ということを前にも書いた。心に感情が渦巻いていてもそれを表現することなく自分でも気がつかないうちに無視して封じ込めてしまう、それが普通の人間の態度かなと思う。だけどそれはまずいんじゃ?漢方に気が滞るという病態があるが、振り返ることの無かった、封印してしまった過去の感情、いいものであれ悪いものであれ、それを誰かに受け止めてもらうことで気が流れ出すという感じがします。思い出を反芻すると、その後の行動は悪いものにはならないと思わない?男女がより親密になったと意識するのは自分の子供時代、学生時代の話を相手にしたときだったりするしね。

過去の好きだった音楽、小説をもう一度味わおう。その気持ちを聞いてくれる人がいなければ、自家発電型回想療法、自分の心と対話して過去の自分を受け入れよう。未来が少し変わると思う。そしてできればいい思い出を、今からでも間に合う、作りましょうね。村上龍氏が「つらい出来事があっても、いい思い出がある奴は耐えられる」と言っているが、そのほうが思い出しても楽しいし。でも酒の力を借りた回想はやめようね。酔うのは一つで十分。酒ではなく思い出に酔いましょう。

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