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個人的ニューノーマル

いまやコロナ抜きでは何も考えられない。

約4か月前、コロナの影がぼんやりと薄日の中で見えていた頃に最後のブログを書いてから、なんと世界は変わったであろうか。一寸先は闇。世の中何があってもおかしくないとは前から時々言っていたけど、実際になるとは思わんかったわ。

三密、ソーシャルディスタンス、ウイズコロナ、アフターコロナ、コロナ鬱、コロナ離婚、オールドノーマル、ニューノーマル、色々な言葉が日常になった。

身体的にも経済的にもコロナ禍に巻き込まれた方は本当にお気の毒であるが、これがきっかけで新しいライフスタイルに踏み込むことになり人生がいい方向に変わった方もいるかもしれん。

僕の生活において診療におけるコロナの影響はもちろん多大なものがあるが、個人的にはハードなことばかりではない。

 

自分のための時間が深化した。

 

今まで月に一二度は学会や研究会とかで東京に行くことが普通だった。⇒ 行かんでもいけるやん。

ちょっとした講義とかで、ある単元について勉強せなあかんと強迫観念がありその種のものばかり読んでいた。⇒ 小説はやっぱりよろしいね。

考える余裕なくルーチンとして筋トレとか決まったものだけを繰り返していた。⇒ やり方、方法もこの世には色々あると視野が広がった。興味の対象が増えた、増える余裕が出来た、と。

 

コロナ禍はどっちかいうと仕事(らしきもの)に追われていた生活から、やりたいことをやれる余裕のある生活に変わったっていう感じ。これは悪くない、うん、相当悪くないと思う。

コロナはまだまだどうなるかわからないけど、少し落ち着いた感のある今日この頃、オールドノーマルな生活の芽が再出芽してきたと感じるところもある。

繰り返す? いやいや、転んでもただでは起きないように、災い転じて福となすように、慎重にいこう。コロナ禍は世界の進歩を前倒しした。個人的にも後戻りはできません。

 

 

おっさんジャズボーカリスト

ジャズボーカルが好きである。特に男性の。

ジャズボーカルというと大体女性で、特に日本なんかでは誰でも知ってるスタンダードばっかり唄ってる感じで(著作権とか関係あるのかな)つまらない。好きなのはフレッシュなロックミュージックをアレンジしたのとかすごくマイナーな曲を抑えてアレンジで歌ってるオッサンだけどなかなかそういうのには出会えない。

ところがね、アプリでアメリカのFMを聴けるのを教えていただいて、そこで知ったJAZZ24 という局がやばい。シアトルの地方局だけど寄付で成り立ってて24時間コマーシャル無し。そしてなんでなんでそんなに僕の好み知ってんの?というくらいグレーーートな選曲で、ボーカルを5曲に1曲はいれるのである。これが信じられないくらいどれもカッコいい。

アメリカは広い。こんな素敵な唄がいっぱいあって、そしてそれを見つけてこれるってのはすごいなー。そしてここで聴けるオッサンボーカルが渋い。なんで僕が男性ジャズボーカルが好きなのか考えてみると、きっとこいつはいろんな経験してるよねーという個人史(多分色気のある)を感じさせるからである。センスいいし知的だし面白い話聞けるよなー、きっと、と思わせる深さを感じるからで、こういうのはロックボーカリストからはあまり感じたことない。そういう男になりたいという願望があるんでしょうかねぇ。

こういう人は安定化を望まないでしょうね、多分。Sporting life という言葉があって賭博ばかりしている悦楽人生ということのようですが、そういう感じ。実際は結構着実な人が多いでしょうが(でないとビジネスとしてやっていけないよね)、最近若い人がよく言う「早く落ち着きたい」「まったりしたい」とかいう世迷言とは対極で、私もこれを支持するものであります。

不安定、中腰で踏ん張る、新しい面白そうなことにはとりあえず手を出してみる、失敗じゃなく成功するための貴重な経験を得た、「すれ違いのないドラマが面白いか?ワサビ抜きのすしがうまいか?」ということであります。わかる?

誕生日を迎え、「四捨五入すると70ですね」という悪友の意地悪な言葉も意に介さずこれからの方針を述べさせていただきました、ハイ。

P.S. 「CBDオイルって何よ?弐の巻」は3月にある関連学会に参加してフレッシュな話を書こうと 思ってたんですが、学会が中止となりました。勉強してネタを仕入れてからまた書きます。ごめんなさいね。

CBDオイルって何よ? 壱の巻

「いやー、年が明けてから忙しかったなぁ。光陰矢の如し。かわいい少年老い易く学成り難しだな。気がつけば2月じゃないの」

「ブログも気がつけば昨年末より書いてませんね」

「ったく。自分でもびっくりした。浦島太郎状態。気が付けばじじい」

「でも最近なにか考えてません?時々クリニックに怪しげな油が配達されてますけど」

「ああ、あれね。あれはCBDオイル」

「しーびーでぃ?」

「CBDというのは正式にはカンナビジオールと言ってマリファナの一成分ね。」

「マリファナ!? やめてくださいよ!クリニックにパトカーが横付けされるは避けましょう。先生は大阪府警の産業医ですけど無理なんじゃ?」

「当たり前。CBDは日本でも合法で、アマゾンなんかじゃびっくりするくらい売ってるよ。質がいいかどうかはかなり疑問だけど」

「合法?何のために使うんです?」

「これはいろいろあって、アメリカでは小児のてんかん治療薬としてFDA(厚生労働省みたいなもん)も認可してる。慢性痛、多発性硬化症、線維筋痛症などにも有効というちゃんとした学術論文があるし認知症や統合失調症にも効果がある可能性がある。他にもいっぱいあるぞ。そもそもマリファナには嗜好用というか快楽をもたらすTHCという物質が多く含まれているんだけど、次に多い成分がCBDだ。CBDオイルはTHCを含まない。マリファナには60種以上の成分が含まれているんだけどその配合によりタバコやアルコールより害が少ないということで、医療用のみや全面解禁とかいろいろな程度でアメリカでは25の州で解禁されている。ヨーロッパでも同様、いろいろなパターンでオランダ、イギリス、スペイン、フランス、ポルトガルなどで罪にはならなくなっているみたいね」

「うーん、でもなぁ」

「よく知るとマリファナ、大麻はかなり複雑な経過をたどって現在のちょっと怪しいというポジションにあるんだけど、もともと日本では「偉大な麻」の意で、今でも下駄の鼻緒とか相撲取りの化粧まわしに使ってるし、種は七味唐辛子に入ってるな。日本と中国ではなじみ深い植物。薬品はもともと植物から作られているものが多いから、ひょっとするとひょっとするかも」

「・・・先生は何に使ってるんです?」

「CBDは痛みとかストレス緩和で癌患者に用いるケースがよくある。うちの患者さんでもそれでお使いになっているケースがある。僕が気になりだしたのは、某国の某大使館で職員がストレス緩和にみんな使ってると当の某職員さんからいただいてから。これは自分でも本当か今でもよくわからないんだけど、それを使って数分後から始めた筋トレで、今までと全く違って筋疲労がほとんど起こらずウエイトの記録を作ったこと。なんじゃこれは!」

「ほんとですかぁ?」

「わからん。トレーナーに確認しても今までと同じ重量だというし、自分でも信じられなかった。で以後継続的に使用してみるとアンガーコントロールというか、トラブル時の精神安定がとても上手になった。これは確かね」

「ふーん、あまり悟ったようにも見えませんけど。しかし継続されてるってことは何か感じるものがあるんでしょうね」

「そうだなぁ・・・(以下次号に続く)」

 

 

脱ペットライフ

当院で物忘れ外来をはじめて5年以上たつ。元々循環器専門として内科医をやってきたのだが、認知症という、このいまだ解決策の見いだせない難物に魅入られて今では男性更年期外来とならぶ当院専門外来ツートップの一つである。

認知症にならないためにはどうすればいいでしょうか? これは多くの方が最も興味を持っている問題だ。現在認知症に有効な薬剤はない。壮年、若年の時から予防できないか?何をすればいいか? 簡単だ。脱ペットライフである。

ペットを飼わない、ではない。ペットにならない、のである。食事の準備や家の片づけや何でもかんでも何方かにやっていただいて後はテレビと寝ているだけのペットのような生活、これにあこがれられている輩もおられるようだが、これは認知症への最速到達法である。言い換えるとトラブルの無い平板な生活である。

気を配らない、腰が重い、新規なことに取り掛かるのが面倒で同じ繰り返しを好む、とか色々あるが、こういうのをあきらめて頑張らざるを得なくなるのは小さなトラブルを解決するときである。大問題は時に精神を消耗させ鬱や認知症のきっかけになり得るが、小トラブル(人生はこれの繰り返しともいえる)を避ける生活を続けているとペットのように自立して生きられなくなるぞ。ウエルカム、小トラブル! バイバイ繰り返しの生活! 小トラブルは生活の句読点で歓迎すべきもの。

ホルミーシスという単語がある。元々は放射線が高線量では有害だが低線量では体にいい効果をもたらすという意の言葉であるが、そこから派生して、適度なストレスは返って抵抗力を増し能力を向上させるという意味で使う。 アンチエイジングの要はこいつであると僕は思う。

大事なポイントは嫌々やらないこと。楽しむ。こいつは心がけ次第でほとんどのことはそう考えることが出来る。ゲームで敵を倒してアイテムを手に入れる、パワーアップするという感覚ね。小トラブルを自分から求めていると案外シンプルに解決する。

安楽を求めペットのような生活は結果的には不幸を招くぞ。小トラブルは三度の飯より好き、とこういきたい。 脱ペットライフ! ワイルドサイドを歩け!

と叫び、2019年最後の「ゴキゲンジャーナル」の筆をおくものであります。

皆さま、良いお年を。

 

コーヒールンバ

コーヒーとの付き合いは長い。高校生の頃に手でハンドルをぐるぐる回す小さなコーヒーミルで豆を挽いて日常的にコーヒーを飲んでいた記憶がある。なんでそれをやりだしたか定かでない。両親ともそれほどコーヒー好きでなかったし。でもとりあえずその頃からコーヒー中毒。

20代30代の頃は1日5,6杯飲んでいた。働いていた大学の医局にネパールからの留学生がいて(王族の血筋を引くとても上品なデュンゲルさん)、彼も僕同様コーヒー中毒だったのだが、ある日を境にぷっつりと飲まなくなった。

僕は朝一番早く医局に行ってコーヒーメーカーで大量のコーヒーを作り置くのが日課だったのだが、そこにデュンゲルさんがやってきて急須に緑茶の茶葉を入れ始めた。

「どうしたん、デュンゲルさん?コーヒーやめたの?」「はい。ニューイングランドジャーナルに膵臓癌のリスクを増すと出ていました。まだ死にたくない(笑)」

その論文は結構有名で僕も知っていたが、それをすぐさま自分の生活に応用する彼の態度に、学問に対する誠実さと育ちの良さを感じ、私は自分の傲慢さを恥じたのであった。

結局反省することもなくコーヒーは飲み続けていたのだが、昨今コーヒーは大腸がんのリスクを下げるとか認知症の予防効果があるとか健康的にいい話ばっかりで、今頃デュンゲルさんもコーヒー飲んでるかなと思ったりもする。

でコーヒーをがぶがぶと飲み続けているわけだが、コーヒーのカフェインは明らかに常飲者のアクテビティをあげ、コーヒーを止めると生産効率が有意に低下するという論文もある。これ以上生産効率を落とすとゼロになるので止めるわけにはいかないわけだが、最近味について気が付いたことが一つ。

コピルアック! これは豆の種類であるが、「かもめ食堂」という映画でドリップする前のコーヒーの粉に指を1本入れてそうささやくとコーヒーがおいしくなるというエピソードがあったと本部のF嬢が教えてくれた。おまじないね。・・・そんなわけがぁ・・・・うまいやないか!!

クリニックでコーヒーを作るとき、時間が無いこともあり、お湯をダッダと注いで落ちたコーヒーをぐわっと飲む(野蛮だなぁ)。コピルアック方式では指で凹んだ部分をなんとなく見ながらゆっくりお湯を注ぎ、いったん蒸らす。その後も動作がゆっくりとなり優雅にお湯を注ぐ。結果的にコーヒーの味が全然違うのである。

味を決めるのはお湯の注ぎ方である。その他いっぱいあるだろうが少なくともすぐさま改善可能な方法はこれであった。そんなこと常識って?ゴメンね、不覚であった。それまで自動掃除機のルンバのように僕はオートマチックにやっていただけで心がこもっていなかったのである。

ほかにも同じようなことありそうだなぁ(泣)。

 

見れてよかった!「ドリーミング村上春樹」

「ドリーミング村上春樹」(原題はDreaming MURAKAMI)を見てきました。仕事休みの木曜日、朝10時10分からの上映にシネリーブル神戸へ焦って行く。上の写真は上映前の客席ですが、結局最後まで僕ともう一人の御夫人だけが観客でした。 おーい、今日が上映最終日だぜー、ま、時間が時間とはいえ神戸も文化果てる地か!?大阪がそうなのは知ってるけど。

予想通り素晴らしい映画でした。村上春樹氏のほとんどの著作を日本語から訳しているデンマーク人女性メッテ・ホルムさんのドキュメンタリーですが、単なるドキュメンタリーでなく村上氏の世界が表現されているような。カエル君が案内役を務め、芦屋の夜空に月が二つ浮かぶ。

 

雑感 ①翻訳がいかに緻密におこなわれているか!各国の村上氏の翻訳者が集まって雑談がてら意見を交換するところも素敵だが、メッテさんの1語1句ないがしろにしない仕事熱心さに胸を突かれる。心して読みましょう。

②北欧はどうも退屈なところのような気がすると思ってたけど、住人の感じ、居住環境とか見ていると、人間が住むのは本来こういう誠実なところではないかと感じた。

③村上春樹氏のテーマは、どんな人間も本来持っている邪悪性にいかに対抗していくかということだろうか。

④人種が違っても人間は同じ。外国の人も単に住むところが違うだけで、北欧に住んでいても北海道に住んでいる人と同じような気持ちで接すればいいんじゃない?

⑤メッテさんが村上氏の故郷芦屋周辺を旅するが、知ってるところがいっぱい出てきて親近感を感じるなぁ。素敵なバーが出てくるが、映画の後でここはハルキストの聖地と知る。

⑥村上氏を再読すると以前とは違う印象を持ちそうな気がする。僕たちの春樹氏でなくインターナショナルな春樹氏として。そんなこと前からわかってるけど、明らかな映像として示されると少し違う。

 

ということでこれからの予想。

①春樹氏の著作の読み直しが始まり、まだ読んでいない「騎士団長殺し」もすぐ買う。

②シネリーブルに入り浸る。予告編はどれもとても面白そうでした。考えてみれば僕は10代のころにその年の映画BEST100(そういうのが新聞にも載っていた)の8割を見ていたシネマ中毒であった。忘れてたわ。

 

本といえば小説より仕事関係、映画よりyou tubeでライブを見る、という生活とは

・・・オサラバじゃ!!

 

 

 

男性諸君、神は細部に宿りたもう

「神は細部に宿りたもう」というフレーズを知ったのは開高健氏の著作から。彼は20代のころ激読!していた作家で、随筆にその文章があった。小説でも映画でもごく小さな部分、例えば映画だと主人公の持ち物がちゃんと使い古されているとか、小説で本筋に関係のない店の描写が素晴らしいとか、結論に影響はないがそういった周辺部に気がちゃんと使われていると作品が輝いてくる。

で思うに、人間にもそれは言えるんじゃないでしょうかね?

話しが面白い人というのはこういったdetailがちゃんと話せる。一つは固有名詞。えーなんだっけ?あれ、あれと固有名詞でポイントが定まらないと話はつまらなくなる。そして表現力。細かい描写が上手でありありと目の前に浮かんでくるように話されるとリアリティがぐっと増す。

そして見かけについていうと、全体の印象ももちろん大事だけど細かいところ、特に末端ね、これがカギなのでは。手(そして足、難題やなー)の爪、指、髪の毛。女性にとっては何をいまさらという話でしょうが、男はあんまり考えてないぞ。

20年以上前の話、ある仕事で運転席の隣に僕を乗せてくれた保険会社の社員さんの手、運転しているその手の指、爪がとても美しいのに気が付いた。男ですよ、もちろん。30代前半かなぁ、身なりももちろんきちっとしているけど、絶妙に手が美しいのだ。

「手、きれいですね」「えっ、わかります?嬉しいなぁ。気が付いていただけることってあんまりないんです」「ふーん、でもとってもきれいだ」「実はね、僕エステに行ってるんです」「エステ!?(その当時男性用エステは話題にもなってない)」「そう、僕の妻はアメリカ人なんです。で彼女が人と会う仕事をやってるんだったら手をきれいにしろと言われて、知り合いに頼んで手とちょっと顔だけ」「へー」

あとで彼の上司と会う機会があり、彼が非常に優秀で褒賞としての会社の費用もち外国旅行は毎年の常連だと聞いた。末端に気が回る男はすべてに気が回るんだろう。

上の末端は髪の毛だ。髪はその人間の勢いを示す。ヘアースタイルも大事だが(ウォール街という映画で、大立者マイケルダグラスがチャーリーシーンに、成功したいなら100ドルの床屋に行けというセリフがあったのを覚えてます。当時の100ドルはなかなかね)、艶とかそういうのは若さに直結する。これも女性ならとっくにご存じだろう。疲れてくると髪の毛がヨレヨレになってくるし、髪にかまわないと落ちぶれた感が漂う。昔の日本の武将も「将は老いたりを見せず」ということで、わざわざ髪を黒く染めていたという話がある。まっ、こういった見かけは大事で、こいつが内面に反映されてくるのです。

ということで神は細部に、そして末端に御座す。そこを大事に。とくに男性諸君。

外来のシャーロック・ホームズ

日曜日に「第13回見た目のアンチエイジング研究会」に行ってきました。東京です。ほとんど始発の新幹線(泣)。ここんとこ毎週のように土曜、日曜と研究会に行かざるをえず(大泣)。しかしやはり行くとそれだけのことはあるもんで(たまに無駄足!(泣))、なかなか収穫がありました。今日はその内容というよりも関連して医学における見かけについて。

見た目年齢がその人の健康年齢である。実年齢よりも見た印象。60歳の人が80歳に見えたならその方の内臓機能は80歳レベルの可能性がある。成人においてこれはかなり確かで、それを証明する論文も結構あります。高齢になった双子で若く見えるほうが結果的に寿命が長いという論文もあります。同じDNAでも生活環境により変化する見かけが予後を示すのですね。おっさんみたいに見える小学生(診察室に「どうも」と言いながら入ってきたちっちゃなおっさんみたいな小学5年生がいました)の健康度がおっさんみたいということはまずないですが、中高年における見かけはかなり健康状態を反映します。

だいたい病気というか、コンディションが悪いとかなり老けて見える。お子さんの風邪でよく来られるきれいなお母さんがご本人が調子悪くて来られた時、「んっ、Who is she?」と一瞬思うくらい変貌されるのは(最後まで分からなかったりもする)、単にスッピンだからというわけではありません。また長く慢性の疾病で苦しまれていた方が手術により軽快した時、そのあっぱれな全身の輝くオーラ、10歳は若く見えるのはやはりコンディションの反映と思われます。

それこそ40年近い昔、僕が研修医だったころの話です。胸部外科とのカンファレンスで手術適応ギリギリの高齢のため決行の決定が難しい患者さんのケースで外科の教授が主治医に尋ねた。「この人若く見える、老けて見える?」「若く見えます」「わかった、やろか」 !! その当時大胆な決定の仕方やーととても印象に残ったのですが、その当時から見かけはその人の身体予備能力を反映すると経験上分かっていたのですね。ベテランはすごいものです。

若さだけでなく、内分泌疾患で甲状腺機能低下の橋本病とか、副腎疾患のクッシング症候群、成長ホルモン異常の末端肥大症とかは外観で大体(知識と注意力があれば)診断がつきます。それ以外にも爪が丸く膨らんでいたりすると肺が悪いかなとか、単純に体が黄色い!黄疸!これは肝疾患とか。こういう一発診断は正解だとかなり医者として快感があります。そしてこのように明らかな病気というのではなくなんとなく調子が悪い、いわゆる未病の処方を決めるのにも、漢方では望診と言ってその人の全体的な見かけ、話し方、診察所見を決め手の一つとしています。実証、虚証なんてかなり全体の印象が決める気がします。

ということであなたの健康状態はかなり見かけで分かる。aging、加齢程度も実年齢は参考程度で実は見かけが大事と。しかし最近の医療はデータ重視で、こういった観察の印象を余り重要視していない感が無きにしもあらず。医者は1回も自分の顔を見ないでPCの画面を見たままで診察が終わった、なんて話もあったりする。AIが本格的に医療現場に入ってくるともっとその傾向が強くなるかもしれません。

シャーロック・ホームズは依頼者やワトソン博士を見ただけで、どこから来た、何をしていたなど正確な推理を観察した事実を根拠として述べて驚かせる。子供時代に読んだ時、かっけー!とぞくぞくしました。足元にも及ばないにしろ外来でもそうありたいなーと思ってます。

 

 

 

 

 

男はとっても寂しいもの (Man We Was Lonely)

僕のクリニックでは専門外来が2つある。「男性(更年期)外来」と「認知症外来」である。

この2つは全然関係無いようだけど、ともにクリニックの基本的なコンセプトである、子供からご老人までをカバーする「みんなのための、誰にでもできる抗加齢医療」の範疇内だ。そして患者さんを診ると、男性更年期も認知症も突然ぽこんと発生したもんじゃなくて、今までのライフスタイルの一つの帰結じゃないかという気持ちになることが多い。男性更年期障害になる人はひょっとして認知症になりやすいかも。

二つとも悩みの度合いは深いようで、両外来の半数以上の患者さんが城東区外から来られている。で、今回は、最近患者さんが増加している男性外来について。

男にも更年期はあるが女性と比べ性ホルモンの低下度合いはゆっくりなので、女性のように明らかな症状が出ることは少ない。男性ホルモン(テストステロン)の特徴:攻撃性、社会性、運動能力、筋肉をつけ脂肪を落とす、骨を強くする、快活でよくまわる頭脳、性的にも快活、といったところね。更年期というか、テストステロン低下だとその逆の症状となる。活気なく、鬱っぽく、やる気が出ない、メタボになってきた、おねえちゃんを見ても何も感じないです・・・。

あの人じゃない!?とうなずかれる方も多々おられると思いますが、このような男性は稀ではない。問題なのは、今までそうじゃなかったのに、年齢を経るとともにこの傾向が出てきた場合で、それを男性更年期という。

外来をやりだした当時、中高年の疲れたおっちゃんばかりと思っていたら、思いのほかテストステロンが低いかもしれないので測ってほしいというヤングマンが多く、どう見ても彼らは草食系で、草食系に見える若年男性はほんとに男性ホルモン値が低い!というのを小さな論文にして医事新報に載せてもらった。 ホルモンは結構外観に反映する。今ではパッと見て大体のホルモン値が予測でき、しかもあまりはずれない・・・ということもないか。

最近は名前にたがわず疲れた中年男性が多い。ほとんどは仕事上、もしくは家庭のトラブルという明らかな原因があり、通常の診断名をつければ鬱傾向、適応障害に近い。彼らの多くは一般的な内科的検査では異常が出ず、何か納得のできる診断を付けてほしいと望まれて来院される。感情的なストレスはそれ自体でテストステロンを低下させるので、多くの方は明らかな低下を示す。精神科の領域と思われた方には病院をご紹介するが、それ以外の方には話し合って男性ホルモンの注射を2~3週間おき、もしくは毎日軟膏塗布などの治療を行う。有効率は80%近い。

男性ホルモン充填療法とともにカウンセリングというか、よくお話をお聞きする。

ひじょうーに身につまされる。悩まれている内容が痛いくらいよくわかるのである。男の歴史である。無理ないなぁと思い、心からよくなってほしいと思う。幸いなことに多くの方は3か月から半年以内に回復する。興味深いことに調子が良くなると、注射しなくても高いテストステロン値が維持できるのである。また調子悪いです、と再来する方もいるが、男性ホルモン充填により再び元気を取り戻す。

調子が良くなると上がり、悪くなると下がる男性ホルモン。

勝手なやつです。

これに絡めてお話すると皆さんとてもよくご自分の状態を納得される。男はテストステロンに依存してんのかなぁと思う。

Man We Was Lonely .  男はとっても寂しいもの。

こういうと、女もよ!という言葉は当然予想しております。この言葉はポールマッカートニーの曲のタイトルで、男女のカップルが今まで寂しかったけど今は幸せよ!というちょっと予想外の意味が本来wereがwasになっているところに含まれているという曲者なんですが、本当にそういきたいですね。

 

 

マイ・パーソナル・トレーナー

Ultimate Fighting Championship(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ、略称UFC)はウィキペディアによると「世界58カ国以上から最高峰の選手が常時600名近く参戦し、26カ国153都市以上で大会を開催、156カ国以上でテレビ放送されている、実力・人気共に世界最大の総合格闘技団体」で、フェザー級のチャンピオンは写真に写っているタトゥーだらけのマックス・ホロウェイである。その左、マックスの出身であるハワイ州の旗を持っている若い男が僕のパーソナルトレーナーであるタケちゃん、井谷武君です。彼は日本人として初めてUFC チャンピオンのセコンドに付いた。

僕はかれこれ6年近く彼のパーソナルトレーニングを受けている。両側人工股関節置換術を受ける前の、痛みと歩行困難のうんざりする時期に筋力アップを考えて知人から紹介された。ムキムキマッチョという外観の変化が筋トレの目的という間違った認識を、抗衰老(アンチエイジングの中国語)における最強の手段という正しい理解に変えてもらった恩人である。

手術前後は結構力の入ったメニューで、事情を知らない人から「身体大きくなりました?」と尋ねられるくらい筋肉量が増したこともあるが、最近は筋力体型維持(糖質制限を始めたこともあるけど体重は30代後半の重さでその頃のズボンがはけるようになった。物持ち良すぎ!)、コンディショニングが中心になって、トレーニングしながら彼の話を聞くのが大きな楽しみである。ジジイか!

彼は高専柔道優勝校のメンバーであり総合格闘技選手を目指していたが、ブラジルでの修行後に頸椎骨折しトレーナーに方針を変えた。個人のジムを開設するところまで行ったのだが契約のトラブルに直面していたところを友人が僕を紹介したというわけ。パーソナルトレーナーとして僕が彼の最初のクライアントである。

彼の話を聞くたびに、信念はその人間を希望する方向に導くと思う。努力を彼はあまり話さないが、それなしで今の生活は築かれない。京都大学柔道部のコーチとして七帝戦での優勝という成果を上げる、マックス・ホロウェイのトレーナーとして月に一度ハワイに行く(勿論旅費はマックスもち)なんてことだけでもすごいが、ファッションにも興味があって制作した柔道ショーツはレオンの通販で一番人気、アメリカのセレクトショップにも置かれている。彼の言葉「貧相な身体ですごくおしゃれしている人って、なんかやたら飾り立てた軽自動車みたいでかっこ悪くないですか?高級スポーツカーってシンプルで、それだけですごくかっこいいですもんね」というのがファッションポリシーか。

そんなことを話すと人は「やり手なのね」と言う。頭が回り、権力のある人の間をうまく立ち回れる人間って感じ。実は彼は最もそういったことから遠い人だ。むしろ不器用、嫌なことでも利益があればやるということが出来ない。いくつかの魅力ある要請を彼は断っていて、なんで!?と俗人の僕は思ってしまうが結局納得する。話の裏にあるビジネス最優先の感覚に敏感に反応し拒絶してしまうのだ。ハートが無ければだめ。それが分かればむしろ彼にやってほしいという人も多くいて、それが彼の仕事につながっていく。

会いたい人には面識が無くても連絡して約束を取り付けるとか、お金が十分無くても必要と感じたら海外でもどこにでも行くという行動力、人の興味を引く体型(スーパーマンみたいなのだ)、謙虚な人柄、なんてところに、最近すごく進歩しているコンディショニング、痛みをとる技術が人を呼ぶ。もうすぐ大手出版社から本も出すようで、僕なんかが朝の7時からパーソナルトレーナーをやってもらってていいのかなぁと思うが、これも腐れ縁とあきらめてもらおう。