向かい傷の仙人

 相変わらずシンプルな生活を続けている。仕事が終われば食事をし、入浴し、後は若干の本と睡眠である。アルコールはなく悦楽も少なそうである。仙人である。

 入浴時に読む本を選んで読みながら歩いているとおでこに激痛が走った。半開きのトイレのドアに思い切りぶつかったのである。もう少し下だったら眼鏡は木っ端微塵であった。「あぶねー」とつぶやきながら再び読んでいるとページにぽつんと赤いものが・・・

 「うん?」出血しているのである。鏡を見ると左の眉に1センチほど垂直に傷がついている。向かい傷である。ただでさえ人相が悪いのにますます悪くなってしまった。じっと見ていると頭まで痛くなって眩暈がしてきた。慣れない勉強をしていたために罰があたったのであろうか。

 翌日も眩暈が少し残った。夏の再現か、と思うと少しうんざりしたが結局1日ほどでほとんど消失した。意識すると結構目立つ傷なのだが、気のつく人は少ない。スタッフで3人ほど、患者さんも3人ほど。いかに人の顔なんかちゃんと見ていないかわかる。人間は見たいものしか見ていないのである。もちろん僕もそうだ。

 このまま傷も消えていくだろう。怪我をしたこともほとんどの人は全然気がつかないままに過ぎていく。なんだか何があってもあんまり驚かなくなってくるな。物に動じなくなってくるというか、気持ちの起伏が少なくなってくるというか。これはあまり良くないことに違いない。仙人になるのには、まだ100年早い。男の子の向かい傷はめでたいと昔の人は言った。これは目を覚ませというお叱りか。

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脂ぎった仙人がいいな

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