早朝、犬の散歩をしていると空気の冷たさと虫の声が「秋だよ」と言っているのが分かる。「夏は単なる季節ではない、それは心の状態なのだ」という片岡義男に影響を受けてバイクの免許を取った26歳の夏以来、人生の大半は半パンとTシャツで暮らしていたい、夏が1年の中心だと思っている僕にとって、秋はBang!Bang!バカンス!は終わりましたよ!では張り切っていきまっしょい、というちょっと始まりを告げる季節でもある。アメリカとかで新学期が秋から始まるのは理にかなっている気がするね。私の今までの人生を振り返ってみるといいことは夏ではなくて寒くなってから起こっているような気がする、全然関係ないけど。でも期待しようね。
何でも起こってからでは遅い、その前に手を打つのが大人である。研修医のとき、一緒に働いている何人かの同期生の中で、重症に当たる確率の高いやつというのがいた。こういう人はどこの病院でもいる。霊じゃないけど引いてくるのだ。そいつが当直だったりしたら、担当の看護師さんが「いやだわー、また今夜忙しいのじゃないかしら」と憂い顔でつぶやく。医者は重症例を経験するほど腕が上がるので彼も良い医者だったが、あるとき指導医の先生が言った。「重症によくあたるやつというのがおるやろ。引きが強いというのもあるけどな。案外それは処置が遅くて重症化させているというケースもあるねんで。」うーむ、確かにそういったほうが適切なやつもいたな。無事これ名馬。粋の構造とはいらぬトラブルを避けることなり。結構重症例を持っているんだけど知らぬうちに良くなって退院してたりして、いつもあんた楽そうねというやつがいたが、彼は非常に優秀であった。
そこで昨今の注目は予防医学であり、また介護予防である。介護が必要となりそうな虚弱老人に対して、介護保険から介護予防給付として費用を出してくれることが決定した(といっても詳しいことは全く決まっていない。以前のように本当に本当のぎりぎりの切羽詰った直前になって決まり関連施設はキリキリ舞いすることになるであろうことはお約束のギャグみたいなもんだ)。栄養管理や口腔ケアなどが上げられているが、いろいろ注目されているのが筋力トレーニングであり、その手段としてのマシーンを使ったリハビリ、パワーリハビリテーション(以下パワリハと省略する)である。これは非難する人が多い。老人に筋力トレーニングなんて事前に身体のチェックがきちんとできるのか、それで事故がおきたら誰が責任を取るのか、保険費を使うほど筋力トレーニングの効果が実証されているのか、諸々。器械の導入に関してまたもよくある業者との癒着が週刊誌に取り上げられたりして、一時パワリハは介護予防の救世主のような感じだったのだがぐっとトーンダウンしている。
それでも私は言いたい。パワリハは介護予防の救世主、ネオであると。
大体皆さんの言うパワリハは筋力トレーニングであるというのがそもそも間違っている。わかってるかな。前提からして勉強不足なんだ。パワリハは非常に弱い負荷を用いるマシーンを使った反復運動で(あなたなら指1本で動くだろう)、普段使わない筋肉を使用させることにより全体のバランスを調整するものと考えたほうがいい。老人の姿勢がおかしくなってくるのは何も筋力が落ちてくるわけではなく、使う筋肉と使わないものとのバランスが極端になってくるせいだ。筋力よりも神経−筋反射を円滑に行わせるシステムと考えたほうがいい。器械はもともと西ドイツのリハビリテーションに用いられているもので、スポーツジムで使われているものとは全く異質の医学機器だ。そんな器械を用いて介護予防なんて言っているところも1部にあるけどね(それで圧迫骨折を起こした例も報告されている)。パワリハ研究会では90歳代での有効例が多く報告されていて安全性はかなり高い。プログラムも安全性最重視となっている。そもそもこれを筋力トレーニングとして発表している厚生労働省に問題があるといえるが。
僕が始めてパワリハを見たのは3年前になる。デイケアなどでリハビリをしても結局悪くなっていく脳梗塞後のご老人、パーキンソンの患者さん達を診ていると、これは何とかならんのかと無力感を感じていた。そのときわざわざ岡山まで出かけて聴いたパワリハの講演会。そこで見た映像は衝撃的であった。あんな人がここまで良くなるのか!・・・翌日器械購入の手続きをしていた。で、今まで多くの方にパワリハをしていただいたのだが、その大体の結論。パーキンソンの方、片麻痺の方には残念ながら期待していたほどの効果が得られていない。劇的な効果が得られたのはごく少数である。しかし、ある。疾患を問わず全般的に歩行能力の改善が得られることが多い。一番有効なのは介護予備軍、いわゆる虚弱老人である。単に運動能力が上がるのではなく、行動変容というか生活全般の質が上がる、今まで何もしないで寝ていたおじいちゃんがこの頃は庭の手入れをするようになって・・・という具合だ。顔つきも変わる場合が多い。この意味で介護予防給付としてパワリハがエントリーされているのは至極もっともなことなのだ。本当に有効かどうか実証されていないという意見は研究会での多くの発表をみればいいことだ。そもそもちゃんと実施前後で決まった項目でデータを取っているのはパワリハだけなのだ。他の器械を用いたものでは全くデータは見当たらない。
話は変わりますがこの前ある会合で某ケアマネージャーと話していた時のこと。「大体どこまで家庭内の事情に入っていくかというのは難しいんですよ。やればやるほど家族が依存してきて、えっ、そこまでは・・・というようなことを要求されたりしますもん。」「そうだよなー、やっぱり人間楽したいもんね。」「そうでしょー、そういう意味で今度の介護予防給付ってやつ、うまくいきますかねー。予防だから筋トレしろ!ってしますかね。僕だったら寝てるほうが楽だから絶対しませんよ。」「そりゃそうだな、予防しようって意志のある人が介護予防に認定される中でどれくらいいるか疑問ではある。」「まあ家族がプッシュするとかありますけどね、でも筋トレしんどいでしょう。」「パワリハは筋トレじゃないけどな。でもパワリハだけ使えって決まっているわけでもないし、筋トレといわれたらやっぱりしないなー。・・・あっ、これってひょっとして?」「ひょっとして?」「厚生労働省の介護保険費を減らそうとする・・・」「陰謀!?」「ありえるなー」「メッチャありえますよねー、確信。」
…そんなことは毛頭信じていませんって。パワリハについてもう少し。やってみて1番印象的だったのはドロップアウトが少ないことだった。リハビリはしんどいので途中で止めてしまう人も多いのだが、パワリハは殆ど無い。1割以下じゃないかな。これは単純動作の反復運動によりβエンドルフィンなどのオピオイド(脳内麻薬とかいわれてるやつです)が分泌されるせいではないかと考察されている。誰でも軽い運動をするととてもさっぱりすることがあるでしょう。疲れるよりやる気が出たりして。あれです。だから一度取り掛かると結構続いて介護予防には本当に適していると思います。
パワリハは誤解が多い。運動能力を保ちたかったら40歳台まではラジオ体操、50台までは太極拳(転倒予防に関し唯一エビデンスあり)、それ以降はパワリハをやりなさいと国際医療福祉大学の竹内先生は言っている。汎用性もあるのだ。あなたもやって納得しましょう。先生はパワリハの考案者であり伝道師、エバンジェリストだが、僕も小粒のピリリとはしていないパワリハエバンジェリスト(ローカル版)として、何か質問があれば、体験したければご遠慮なくいらしてください、お力になりたいと思います。