ダライ・ラマの本を読む。彼の言葉に日本の写真家が撮った彼の日常生活の写真を合わせた本である。僕はダライ・ラマが好きだ。そんな風に言っていいのか(おそらくいけないだろうな)判らないくらいえらい、言ってみれば生き神さまであるが、なんともいえない温かみのある風貌である。そこらへんにいるおっちゃんみたいでもある。
ある雑誌で彼がウォーキング・マシーンを使っている写真を見た。彼の仕事場に置かれているようであるが、宗教色のある周りの置物とウォーキング・マシーンのミスマッチが面白く、いつもと同じ格好で歩いてるダライ・ラマは、おお現代の人なんだという強い印象を僕に与えた。
神様が糖尿病や高血圧だと駄目だよね、やっぱり。
佐野元春に「霧の中のダライ・ラマ」という短い曲がある。この曲は僕に後光の差すオレンジ色の霧の中に浮かび上がるダライ・ラマをイメージさせる。こんな曲を書かせるのは彼が親しみやすい感じを与えるからだろうな。多分。
で、彼の本の中に「自分自身のマインド・コントロールが大事なのだ」と書いてあって僕は然り!と思ったのだ。外的なものでなく、考え方だけが人間を幸せにすることが出来る。どう感じるかというよりも、どう感じたいか自分を変えていくことがポイントなのだ。主体は自分にある。
少し前に読んだ宗教に関する本も同じ事を感じさせた。当たり前のことなのだが実行は難しい。奥儀はこれなのである。
おおっ!
こんばんは(^.^)今日も寒いですね
チベットの人は 慈悲深い菩薩である観音様の
化身と信じているんでしょうね でも
ダライ・ラマ自身 30年もの 亡命生活を
どう かんじているのかなぁ~
もし ダライ・ラマ14世が 死んだら、
チベットは どうなるんだろう?中国がどのよう
にするのかなぁ
もう最後の ダライ・ラマ14世 一年でも、
長生きしてほしい一人ですね。
いつも考えさせられるコメントを有難うございます。
ダライ・ラマは本当に苦労されておられますよね。僕はそれでもあの柔和な顔でおられることに心打たれたのです。そして自分で心をコントロールしなくてはいけないと考えられておられることに。
僕は甘いなぁー、くー(泣)