この忙しいのに、土曜日の午後2時から7時、日曜日の朝9時から午後6時まで座りっぱなしで講義を受けた。「健康スポーツ医」(そういうのがあるのである)の資格取得のため仕方ないのである。休憩はお昼の40分だけで、全くエコノミークラス症候群になりそうだったわい・・・ブツブツ。
大阪府医師会館の小さなシートに座り、出前のお弁当を食べながら持っていった伊丹十三氏の「ヨーロッパ退屈日記」を読む。僕のティーンエイジの時の人生の教科書は彼の「女たちよ!」であった。そこで僕はスパゲッティを食べるとき、フォークに巻くのにスプーンを使う場合もあるが南部(北部だったっけ)イタリアではやらないとか、イギリス人の正統的な歩き方は膝を曲げないとか、得がたい知識を学んだのである。すごく好きなガールフレンドと電話で話すときはどのような姿勢で話すかという素晴らしい知恵も学んだ。・・・優雅だなぁ。
まぁ言ってみればどうでもいいような、ある種の人々には全く意味のない本であろう。でも僕は人生のスタイルを学んだのである。今の僕の奥深いところにあるセンスはかなりこの本によるところが大きい。
「ヨーロッパ退屈日記」は彼の処女作であり、「女たちよ!」より評価が高い。が、僕はあんまりピンと来なかったので1度読んだきりであった。「女たちよ!」は100回位読んでるけど。で、僕も年を重ね、今読むと印象が違うかなとこの前文庫本を買ったのである。
面白い。「女たちよ!」にあったと勘違いしている文章もあったな。基本的にこの2冊は兄弟である。底に流れるクラシカルな優雅さ、頑固なスタイルは以前のように手放しで感心しないが(かなり嫌味でもある、無理してる感じもある)、でもある種のスタイル(これは人生に対する態度のことである)を得たいと学習している著者は、なんでも事たれりとだらけている、そこらへんに居るおっちゃんたちとはだいぶ違う。
彼がこれを書いたときは20代後半だったのである!その事実に愕然とする。文庫本になるときに付け加えた後書きで、「青臭さに恥ずかしさが先に立つと」書いているが、そのときでも41歳である。大人である、今の僕よりもはるかに。
人生の目的は自分のスタイルを持つことである、とタキ(知らないでしょう?)が書いていた。あまりさえない医者たちが沢山たむろしているロビーを見ながら「スタイルが無い」と僕は呟く。「勿論僕も。これではいかん・・・」