okibariやす:パート2

 京都に行った。

 ブログでも何回か書いているが、大学病院時代、同じ釜の飯を食った実験グループの集まりで、年に4回、幹事回り持ちで推薦できるここぞ!という飯屋で飯を食うという、なんら生産性のない会である。が10年以上続いている。

 実験グループのボスであったK先生の人徳が、続く理由だ。

 今回、K先生が梅田にあるS会N病院という800床以上あるビッグ・ホスピタルの院長になられたので、京都に泊りがけでお祝いしましょうということになった。どうせなら舞妓さんとか呼んでさ、どう?というお誘いにいやいやながら、そうねー、とうなずく私であった。

 京都は魔都である。

 宵闇の迫る鴨川べり、祇園とかをフラフラしていると、人生の最後はこのあたりで討ち死にが理想じゃないかと思えてくる。僕にとって住みたい街ナンバー1ですが、お金が竜巻に吸い上げられるように消えていくことであろう。まだ早い、と自分を諌める。

 舞妓さんに芸妓さん、女将さんや三味線もはいっての食事は大変楽しかった。前から、これからは「和」、クールジャパンだと思っていたが確信に変わる。どこかで着物を安く作ろう。やはり金が吸い上げられていくな。

 舞妓さんたちはまだ10代だが仕事柄十分大人である。僕はおねえちゃんのいる飲み屋には全くと言っていいくらい行かないのだが、もし行くとしたら数回分を犠牲にして祇園に行くべきであろう。そのほうが人間的に栄養になると思える。

 本当に久しぶりにやたらお酒を飲んだ。今日は元気でトレーニングもばっちりした。人生は置き鍼、じゃなかった、お気張りやす!である。

     

明るく見えるが実はかなり空は暗い。       聞いたことのあるお名前が・・・

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