「心電図だけをとってほしい」と書いた問診票が回ってきた。40歳代の男性、心電図は冠動脈硬化症とか、何らかの心筋のダメージの可能性があると思わせるものだった。
「何か胸が痛いとか症状ありました?」
「ないよ。心電図、変でしょう?毎回検診で引っかかる。」
「コレステロールが高いとか糖尿だとかあります?」
「コレステロールも血圧も高い。でもいいんだ。治療する気はないよ。今度仕事で飛行機に乗るから大丈夫かどうか診て欲しかっただけ」
「これだけではなんとも言えませんね、心臓の超音波はとったことあります?」
「ない。でもいいよ。」
タバコは60本、アルコールも毎日浴びるほど。肥満。
話していても埒があかない。横柄な態度、イライラした感じ、彼は何のために来たのか?
でも別に腹も立たない。医学は統計の学問であり、こういうデータがあるとかなりの確率で心筋梗塞などが起こる可能性があること、ちゃんと治療するとその危険は回避できることなど話す。
「薬飲みだすと一生でしょう。それがいやなんだよ。」
「そんなことはありません。あなたのライフタイルが変われば薬はきることが出来ると思いますよ。」
「信じられないな」
飛行機大丈夫ですよね、なんかあるとみんなに迷惑がかかるから、でも薬は飲まないよ、といいながら20分近く話して彼は帰っていった。
・ ・・ようわからん・・・と思いながら次の患者さんを呼ぶ。
・・・おそらく彼は臆病なのであろう。
夜の9時前に大量の荷物を抱えてクリニックを出る。自転車にまたがると転倒しそうである。ヨタヨタでペダルをこいで、散歩しているカップルの横を通り過ぎる。
「先生!」
んっ?誰だっけ?よろけて転倒寸前で自転車を止めると朝の彼であった。
「薬飲むわ。明日取りに行く。」
「?」
横で奥さん(だろうな、多分)が「すいません、勝手な人で。きつく言ってあげてください、お願いします。」と言われた。彼は照れくさいのか「頼むで!」といって前に歩いて行ってしまった。
奥さんが頭を下げられる。僕は自転車が転倒しかけているような不自然な姿勢でうなずく。どうもひっくり返りそうで、医者らしくカッコよく励ましの言葉を言ってあげられなかったのが心残りである。まあ、僕らしいか。
・・・こういうことがあるから仕事はやめられないなぁ。なんとなく嬉しくなって帰途につく。車のCDをかけると上田正樹である。サウス・トゥ・サウスのライブであった。「ぼちぼちいこか」がかかった。
この患者さん、先生とのやり取りの中で心動くものがあったから、受診したことを奥さんに話して、先生のことを待ち伏せ??!!していたのかもね。
「頼むで!」と言って去っていったところが、何とも言えないです!よろけそうになっている先生も何とも言えないよ~(*^_^*)
本当に嬉しいですね。
受診行動を起こした彼は、やっぱり臆病ながらも気にしていたんでしょう。私も人が行動変容起こしてくれるような関わりができるように頑張りま~す!
azumiさま、コメント有難う。いやー、なんか嬉しいですよね。医者をやっててよかったなと思うとともに責任を痛感いたします。
毎日多かれ少なかれ心の揺れ動く出来事があり、疲れる気もしますが何もない平穏な毎日もなー、と思っているうちが花だよ!