タオ、アイ ラブ。

病院勤めの時、一番いやだったのが外来の日だった。これは実は勤務医がみんな思っていることじゃないかと思う。なぜかと言うと疲れるからだ。

あまりご機嫌とはいえない人が次から次へと現れる。しかもその内何パーセントかは確実に難題を持ってくる。何であろうとともかく一応の解決策を示さなければならない。しかも円満なコミュニケーションを図りながら。自分の能力に時にうんざりしながらも。

開業して10年、週に5日は外来をしているからさすがに習熟が見られるが、それでもね、あるよ。特に午睡も取れなかった午後診のポテンシャルは低下が著しい。頭の回転は16回転のLP(絶対分からんな、この比喩は)さながらで、苦労して回すから疲労困憊である。

今日の外来は冬モードでやたら混み、午後2時に終わって往診、来客がありそのまま午後診へ。8時に終わって業務連絡をし、9時過ぎに本部を出るとシャワーを浴びて寝たいという気持ちだけだが、勿論そういうわけにはいかない。

そんな時、僕は「タオ」を読む。この加島祥造氏が大胆に口語訳された老子全81章は、引越し数回の洗礼を受けても生き残った数冊の本の中の1冊である。

「まっ、そう肩に力入れんなよ、気楽に気楽に」2500年前の賢者が僕にそう語りかける。僕は何も言えず眠りにつこうと横たわるのだ。

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read it !

ジェノマーカー・フォーラム2008

ここしばらく用意にかかりきりだったGアンドGサイエンス社の講演のため休診して東京に行く。これからオープンする新しいクリニックの遺伝子検査の位置がはっきりした。考えを整理する意味で引き受けてよかったな。

大学病院時代、学会とかでよく泊まった「東京ガーデンパレス」が会場でとても懐かしい。少し早く着いたので一人でレストランでランチをとる。学会発表前に一人でランチをとったのはアメリカ心臓病学会のニューオリンズってのがあったな。発表は僕だけだったので一人でアメリカに行って、一人で会場までてくてく歩いて、ランチを食べてポスター発表が終わったらまたてくてくホテルまで歩いて帰った。後の時間は別の大学の友人と遊びに行ってたっけ。なんとなく思い出していたら時間になった。

発表は自分としても結構納得のいく内容だったのでうまく喋れた。恐るべきこと心拍数は微動だにせず、全くあがらなかった。まあこういうこともある。お世辞だろうがなかなか良かったとお褒めの言葉も何人かの方にいただいたのでまあ来た甲斐があったよ。

他の演者の方々とお知り合いになる。歯科医のY氏。四国の坂出で先鋭的なデンタルクリニックをされているが、実直、誠実なお人柄で、一緒に来られていた奥様の出身校が僕の友人と同じということもあり気安くなってお互いのクリニックを訪問することになる。僕の歯も診ていただこうと思う。

26歳のWさん。東大ヒトゲノム解析センター特任研究員である。もともと京都の方で関西の特質についてGアンドG社のT氏とともに盛り上がる。最近の若い女性系でなく研究者という感じがする。資料を送りする約束をする。

K教授。抗加齢医学界の重鎮で、いわゆるアンチ・エイジング・クリニックのパイオニアである。端正なハンサムでプログラムに載せる写真を主催者がリクエストしたら何枚か送られてきて、あうのを使ってくださいということだったそうです(裏情報)。慣れてるねー。僕なんかサルが笑ってるような写真である(ヘルシーパスのT社長は「先生のイメージにぴったりですよね、いい写真です」とのことであった)。少しお話したが、いま進めようとしている予防医学の領域を何とかしっかりしたものにしたいという強い意欲を感じた。またお世話になることがあるかもしれない。アンチ・エイジング界の一方のスターたるオーラありです。

会場を出て次へ向かうタクシーの中で、東京の夜をオープンで飛ばすユーノス・ロードスターを発見。ボンヤリみているとなんと助手席にいるのはさっきまで一緒だったK教授ではないか!慣れている。うーむ、研究だけでなく実践派ね。そうでなくっちゃ詰まんないです。

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秋深し 隣は何をする人ぞ

開業医というのは患者さんを診断し、治療し、フォローするというシンプルなものだと考えていた。それだけじゃ詰まんないなと思って介護とか予防医学とか、患者さんのためでもあるし、僕自身の興味のある領域(本来目新しいものが好きなのである。でもそういった人間が世の中を進歩させてきたのはほんとらしい)を自分の仕事として発展させて今までやってきたのだが、時にトゥーマッチかいなぁと思ったりするときもある。

移転を来週に控えて法人本部の忙しさも強烈である。本当に一時に2本も3本も電話が数人に掛かってくる状況が何ヶ月も続いているのである。外来を終えてライフラインの午睡をとろうと思ってもとてもそんな気にはなれない。わるいなぁー、ごめんねと思い、朦朧とした頭で自分の仕事をしても能率は上がらんなぁー。

今日は休みであるが、まっ、仕事を抱えてウジウジと過ごす。外に出ると夏のような青空が広がっている。一句詠む。

「正面に ただ澄み渡る 秋と空」・・・冴えんなぁ。

ジョン・コルトレーンを聴く。昔コルトレーンは好きじゃなかった。生真面目すぎると感じていて、豪放なソニー・ロリンズとか、お茶目なデクスター・ゴードンとかが贔屓だった。しかし!此の頃コルトレーンはずばり心の中に食い込んでくるのである。「至上の愛」のジャケットに写る、あの生真面目な表情で。

年齢を経ると音楽も映画も、昔とは違ったものが見えてくることがある。感動のポイントが変わってくるのである。それを単に成長と言い切っていいのか、それはわからん。

しかし、昔より、生真面目さ、ひたむきさ、誠実さ、といったものに重きを置くようになったのは、たとえそれが退屈で融通が利かないように思えたとしても、絶対確かだな。・・・まぁやっと人並みか。

「思いやる 心の薄さ 気づく秋」・・・すいません。

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10万越えてロック魂

昨日夜中の1時過ぎにパワーポイントが出来上がった。今週末、東京である遺伝子検査のメーカー主催の講演会でしゃべるのである。45分ねー、それだけかけて今までの経験と今後の展開を言うのは正直つらいぞ。経験あんまり無いんだもん。何とか無い知恵を絞り、やっと締め切りに間に合わせる。

ここ1週間は完全にそれで忙殺されてとてもブログを書く余裕が無かった。ふと気が付くとホームページのカウンターも10万ヒットを超えているではないか。結構長かったな、と思う。少し前から僕の愛車のトリップメーターも10万km近くなっていて、どっちが早いかなと思っていたが少しばかり車のほうが早かった。

さすがは日産、10万キロ超えても昔の車と違ってヨレた感じが全然しない。パッと見は数ヶ月前に買ったといっても問題なしだ。乗った感じもへたっていない。後数年間は十分乗れるし、20万キロを超えるといい具合に古びてくるかもしれない。その方がかっこいいな。

「いつかはクラウン」という名コピーがあって上手だとは思うが共感はしない。年齢を経るとゴージャスに、安楽に、というのが普通の人間の傾向かもしれないが、当たり前すぎて詰まんないぞ。歳をとってもROCK ! Wow !! というのが目下のところの僕の願いである。60歳を過ぎて石原裕次郎みたいになりたいか、キース・リチャーズがいいかといわれれば、迷うことなく僕は後者である。酒やけして貫禄つけてカラオケマイクを握っているより、痩せたままでジーンズとブーツで、休暇中に椰子の木に登って転落、入院しているほうが素敵だと思うのである。

眠たい目をこすりながら運転していると流れてきたのは「Char」だった。ギンギンのロック・ギター。日本にもいたよな、しかももっとギターのうまいやつが、と思い気持ちが明るくなった。

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心眼で見てね!

ピュアー

緩和ケアの患者さんが増えてきた。緩和ケアとは多くは告知された癌患者さんで、痛みを伴うため麻薬も使用しているというケースをいう。

今日往診した患者さんは60代の男性だがとても明るかった。好きなお酒は止めているというが、寝つきも悪いため「少し飲みましょうよ」というととてもイカシタ笑顔をした。彼は歩くことも出来るし、ぱっと見は普通の人と変わらない。

麻薬の副作用である便秘がひどいのだが、半身浴すると腸も動くしそうしましょうと言うと「今日から入るわ」とうなずきながら言った。

僕は癌を宣告され、それを受け止めている方と話すと自分自身がすごく安らいでいる感じがする。障害者の方と話していても同じで、自分の中のつまらない自尊心(かな?)みたいなものが無くなって、その方と純粋に向かい合っている安心感に満たされるような気がするのだ。

同情ではない、勿論。彼らは普通の人間の持つつまらない心根を、一度洗いざらい洗濯にかけたようなピュアーな感じがする。お金とか地位とか、そういうのを超えた感覚。生きているというそれだけの確かな手触りで生きている感じ。

帰りの自転車でゲリラ豪雨にあうが、いつもの自分を呪う心持ちもおきない。

自分に出来る最上のことをするしかない。そう思いながら自転車から降りる。(1分後にはあまりの雑務の多さに激怒したりしてるんだけどさ。)

オールド・ワイン ニュー・ボトル

新しい診療所への引越しまで3週間をきった。今借りているビルでリフォームに使った資材、ドアとかキッチンとか、使えるものはすべて新しい建物へ移設する。だってもったいないんだもん。

で、かなりのものがすでに取り払われていて、本部とかミーティングルームとかはすごいことになっている。ドアなんて便宜的に白のビニールのすだれだぜ。海の家である。まあ風情があってよろしい。

で、今度診察待合室で使う椅子なのだが、これは方針としてよくあるクリニックや病院使用のビニールソファは止めたいと思っていた。で、もともと僕が使用していたものや実家にあったものなど、古くて使い道の無かったものをリフォームして使用することにしたのである。張り替えれば木の部分なんかは今のものよりずっと立派なのだ。

そいつが今日届けられた。

いいぞー、すごくおしゃれで、洗ってもらったのでとてもきれい。しかも造りが立派なのである。黒に白い水玉や、上品なベージュとかだが、何かクラシカルな雰囲気があって深みがある。

考えてみればこいつらは30年以上前のものなのである。すごいな。オールド・ワイン ニュー・ボトル。新しくきれいだがバックボーンには歴史がある。

今度の新しい診療所(名前もクリニックに変わるのだが)も同じだ。外観も設備も知識もアップ・トゥー・デイトだが、中身のスピリットは50年の歴史(創業からだと53年になる)にふさわしい、大人のワイズでいこう!椅子を見てそう思った。アイデアを出してくれた(そして眩暈のしそうなほど頑張ってくれている)スタッフに感謝。

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水玉の30年選手。実物はもっといい。

ザヴィヌル・バッハ?

10月の診療所移転に備えて準備に時間を取られ、しかもその間にちょっとした講演を3つもすることになり、余裕はかなりのところ、ない。今も当院が事務局であるパワーリハビリテーションの大阪実務者研修会をやっている最中で、他のスタッフが働いているところを、僕はお許しをいただいてパワーポイントをさわっているのだ。

昨日は台風はどうなったのだろうと思うような夏空だったが、うって変わって今日は沈鬱な雨空である。会場は新大阪なのだが、来るまでに恒例のゲリラ豪雨にもあう。今も雷鳴が聞こえている。

車の中で聴く音楽であるが、オーディオ装置はCD6連装になっていて、その構成内容により大体の僕のコンディションが判る。弱っていると日本語が訊きたくなり、J-POPが増える。快調に飛ばしているときはJazzが多い。本日は2/6がJqzzであります。日本語は斉藤和義とサザンがスタンバイしている。まぁまぁだなー。

Jazzは僕の熱愛する2つのユニットが入っている。一つはマイルス・デビス・クインテット。ショーター・ハンコック・カーター・ウイリアムスという、後に各々すごいカリスマになる若いメンバーを引き連れてのライブ盤。最強。

もう一枚は菊池成孔選手の「スィート・メタリック」。坪口昌恭氏というキーボード奏者がリーダーの、東京・ザヴィヌル・バッハ(バンド名です)の新作です。菊池選手と18年一緒にやってるそうで、もうどっちがリーダーかどうかよう判らん。電子音楽とアコースティックが融合していて、ともかく新鮮な音です。アルバムタイトルどおりという音。想像できるかな?

僕はこのマッド・天才・ミュージシャン、菊池成孔選手とはどこか心の周波数が確実に1ラインぴったり合っているようで、1日のうちいつ聴いてもそんなに違和感を感じません。爽やかな朝でも「ピー!!フヤンカンヤラブォーォォォ!!」とかいうサックスの前衛フレーズが飛び交っても心穏やかなのです。ひょっとしたら僕も狂っているのでしょうか。

ともかくそんな調子でやってるのだ!残りの日々も前衛的にいくぞ。

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ナイス・ジャケ。音もそうだけどマイルスの影響あるなぁ。

今日のニュース

 テレビはつまらん。ろくなニュースも無い・・・と思ってぼんやり夜の画面を眺めていると、急にこましなニュースが放送された。

 東京の日の出町というところで、75歳以上の方、後期高齢者ね、の医療費、窓口負担分を町が肩代わりすることに決定したそうである。つまり医療費がただになるわけだ。

 財源は町が誘致した巨大ショッピングセンターの税金等でまかなうようである。80歳になる町長はいい顔をしておった。小さい方が小回りが利くとか、町長も年寄りだからじゃないのとか、つまらん茶々を入れている君、そこの君、君が町長になっても絶対やらんと思うぞ。最初に決意する、立派だ・・・・

 その後、年老いて引退した盲導犬を3匹も引き取って世話をしている一家のショートドキュメントが放映された。臨終間近い老犬がもう少ししたら誕生日なので誕生パーティをしてあげている。ケーキを嬉しそうに食べる犬を見ていると涙が出そうになった。

 ゴルフの後に散歩に連れていく時はいつも、僕の足が痛いので早めに散歩を切り上げて悪かった、許してくれ・・・と懺悔をする。明日は休みだし長く散歩しような。あっ、雨か。あさってにしような。あっ、仕事だしまた今度ね。

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飼い主もだけど、総裁選もひでーよな。

 

僕の穏やかでもなくラジカルでもない日常

忙しいのに結構本を読んでいる。ということは当然何かが犠牲になっているはずで、どうもそれはつまるところ僕がしなくてはならない大嫌いな書類関係のルーティンワークである。僕が嫌いでもそれを必要としている人はいるはずで、そのような方々にご迷惑をかけていると思うと恐縮するあまり狭心症が起こりそうになるのだが、それでも平然と手をつけないのは二重人格かもしれない。

こらまた地味な本を読んでしまったなぁ。
「クン氏のおだやかでラジカルな日常」松本東洋氏著。河出文庫。1997年初版。買ったのは何年位前かなぁ。10年は経っている気がするから、出版されてから結構すぐに買ったのだろう。その頃はネットよりもちゃんと本屋さんに行って、パラパラと内容を見て買っていたから、それなりに外れの本は少ない。でも全部読まなかった。気になるんだけど進むだけの魅力が感じられず、他の本がもっと面白かったのだろう。

最近、昔買って読んでいなかった本は実はアタリのことが多いというのがわかり(理屈を考えれば当たり前だ、気になって買ったんだから。読まなかったのは色々な事情によるだろう)本棚からアト・ランダムに抜き出して読んでいる。

この本は今でもよく出版されている、ちょっと哲学かかった、フツーの人にやさしく人生を考え直すきっかけを与えるという感じの本であります。クン氏(ひょっとしたら君子なのか?)というフリーターみたいなおっちゃんがいて、そこを訪ねる様々な悩み多き人とのちょっとした会話が収録されているのですが、今読んでみるとなかなか鋭いことを言っとると感心しました。

ものすごく単純に言うと、自分は自分、人は人。比較が諸悪の根源であり、そもそも「自分」と「世界」は実は一緒のものなのだよ、ということです。色即是空 空即是色だったのです。

けっこうすっきりするものがありました。僕が感じたり考えたりしていることの流れが綺麗になったと思います。よかった。

だから本を読むのは止められない。しかしそろそろやらんとなぁー。追い込まれないとルーチンに手がつけられない(わざとそこへ持っていっているところもある)この性格は何を読めば治るのでしょうか?

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しかし冴えんな

スカイ・クロラ

うーん、思わず呻るなぁ。

最近読んでいたのが「スカイ・クロラ」です。押井守監督がこの夏映画化して、ベネチア映画祭にも出品されていたので一部では話題になっていた。僕はこの森博嗣氏の原作をどういうわけか(全く動機が思い出せない)アマゾンの中古でかなり前に買っていて、読みかけたのですがイメージと違っていた感が少しあってそのまま積読になっていました。

これまたなんでかよく判らないのですが、突然読み出して(まさに神の啓示であろうか)、本日読了。眠る前に30分くらいずつ読んでいたのですが、文章を読むことの至福感を感じ、すごいいい気持ちになって眠ることが出来ました。

ストーリーを書くのはちょっと面倒。ジャンルはSFですが、フレッシュ、流線型の銀色のメタル、ドライ、草の甘い匂い、青空の圧倒的な透明感、妥協のない言葉、なんてイメージです。

読んでいてすごい飛行機マニアだなと思ったのですが、後で森博嗣氏のプロフィールが気になってちょっと調べてみました。マニアックな人(特に動くものに関して)であるというのは間違いなかったのですが、その独特の個性は次の記述からも明らかでしょう。

12年前に国立大学の工学部助教授として「粘塑性流体の数値解析手法」の研究を続ける傍ら、小説執筆を開始。常に執筆活動を「ビジネスとしてやっているだけにすぎない」というスタンスをとっており、数年後に小説執筆をやめる、と自身のブログで発言している。2008年12月には、自身のブログであるMORI LOG ACADEMY終了時に自らの作家としての進退について何らかの発表をする可能性を示唆している。「今確実なことは、いつまでも続けるつもりではないこと、今後は少しずつ表に出る機会を減らし、人知れず地味に静かに消えたいと願っている」

彼はいろんな分野において多作であり、僕のイメージはエネルギッシュな流行作家だったのですが意外・・・。「スカイ・クロラ」の登場人物はそろって無口ですが、ご本人もそうなのかなーと思わせます。かなり興味深い人物であることは間違いなく、そのこだわりの深さは例えば・・・
英語のカタカナ表記において長音の省略が見られるが、これは工学分野ではJIS規格(Z 8301)にのっとり三文字以上の言葉の長音記号は省略するのが慣習的である為であり、その慣習を知らない層がファッション的な意図と見なしているのは正しくない。コンピュータ等一部の語のみ長音記号を省略する小説家よりは整合的ともいえるが、この慣習を徹底して小説に持ち込んだ先例は見られないため、ファッションうんぬんはともかく強い意志にもとづいているとは言い得る。また、森独自のルールとして子音+yで終わる言葉には「ィ」を用いている。(例 mystery→ミステリィ)
どう?確かに伸ばさないほうが英語の本来の語感に近い。語感にはかなり敏感なようで、登場人物の名前は日本語のような、そうじゃないような、独特の感覚。また食事は1日1食だそうです。そんな彼が自分自身の代表作として上げているのが、この「スカイ・クロラ」シリーズです。

僕がこの「スカイ・クロラ」でうけた一番大きな衝撃は、主人公たちが死なない人間であり、そのことに苦しんでいることでした。これは医学に関係するものとしてとても関心のある大切なテーマです。どう生きるかということにつながってくるのですが、みんなも考えてみてね。

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あっ、散花がとんでる(ウソ)!プラモ欲しい(重症)。