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身近な変革

 皆様、明けましておめでとう御座います。

 

 もう新年が明けちゃいました。昨日元旦は20年ぶりくらいに初日の出を見に行き(曇って見えませんでした・・・)、諸々の雑事の間にポール・オースターの「幻影の書」に熱中していて気がつけば2日でした(こいつはビックリするくらい面白い本です。柴田元幸氏の訳が素晴らしいせいでもありますが)。

 

 テレビはあんまり下らなくて、そろそろ人類は今までのテレビジョンから離れ、別の通信組織(候補がいくつかありますが)に移行した方がいいんじゃないかと思う。素晴らしい番組も無いわけではないですが、本当にダラダラ受身で見ているのはやめたほうがいい。今年はますますテレビを見ないようにしないとな、と思う。

 

 初日の出を見に行くとき、少しでも睡眠時間を増やすため(午前1時くらいまで起きていたので)、起床後最短の時間で家を出るにはどうするか、少し工夫しました。単純なことで愛犬の散歩の時には完全に外出の格好で行くとか(いつもの朝は部屋着にコートで行って着替えていた)、洗面その他の順番を若干工夫するとかそんなことですが、結構短縮できることが分った。・・・そうかっ!いつもこうすればいいんだ。

 

 いつものルーチンの生活も一発点検を入れると結構改善点があるということである。足元から見直す。これが元旦の教訓でした。いつもやってることは変えにくいことですが変革は実はそこらへんを見直すことから始まり、しかも効果は大きいと思います。

 

 ボチボチ楽しみながらやっていこうと思います。

 

元旦の夕陽です。朝は曇ってたもん。

時間をとめる

 今年も今日でおしまいである。年々速く時間は過ぎ去っていくが、それを止めるすべはないのであろうか?

 

 毎日が速く過ぎ去ってしまうと感じるのは、同じことの繰り返しが続くからだと説明されている。繰り返していると記憶に残らない。感動がないと印象に残らない。

 

 ここらへんで繰り返しのマンネリの輪は断ち切らなくては。時間の流れが濃密に感じられるように、前日も書いたのだが頭を使って時間を過ごさないとな。感動は待っていてもやってこない。作り出すこと。

 

 

 目標を立て、それにむかって計画を立て、それが実現できたか検証し、そして変更していく。この実行こそ時間が上滑りしていくのを止めることが出来るのだと僕は思う。

 

 1年の計は元旦にあり。実行あるのみ。

 

皆さん、来年もよろしくお願いいたします。

 

頭を使わないと。

 昨日は御用納めでした。1日外来をして午後7時前にはクリニックを出ました。スタッフは9時過ぎまで仕事をしていたようですし、ケアタワーの方は今日が最終日です。僕が一番早く正月休みに入ったわけだ、申し訳ないな。

 

 普段ほとんどテレビは見ないのですが、だらだらとくだらない年末番組を見て年賀状を書く。愛犬の散歩がてら投函に行き、その後「ボアダムス」の爆音パンクを聴きながら調べ物をする。いつもの、時間に急き立てられるような生活とはかなり違いますが、正直23日で飽きそうです。でも・・・

 

 植草甚一氏の本に「面白く遊ぶのには頭を使わなくてはならない」という文章がありました。ある程度ルーチン化している仕事に比べ、純粋に「遊び」をしようと思ったらアイデアが必要です。チャレンジングな仕事と同じように気の利いたオリジナルなアイデアが。というかそういうレベルでは仕事も遊びも等価ですね。

 

 来年はもっと遊ぼう!純粋に面白く遊べたら、仕事ももっと動き出すに違いない。「忙しい、忙しいっていったって、それって単に人に使われてるってことだよ」という言葉も思い出しました。自分で時間をマネージメントする。僕の人生は僕が決める。こいつが来年のキーワードだ。書いてるうちに決心しました。

 

 あそぶぞー。

 

年末は冬枯れてます。

 

 

 

脱慣習

 うんっ?昨日の夕刊を見出しを眺めたら(遅すぎる)、「脱白衣」とでっかい活字で1面に書いてあって、最近小児科、心療内科を中心に白衣を着ないで診療するところが増えてきたと書いてあった。

 

 遅すぎるぜ!そんなん10年前からやってるよ!(といいながらも正確には覚えていない、78年前は間違いないな)。白衣は大人にも子供にも威圧感、恐怖感を与える。毎日洗濯しないので実は不潔、とかが理由である。

 

典型的なドクタースタイル、ネクタイを締め、時計をして、長い白衣を着るというのは実はかなり衛生上問題があり、ネクタイや時計は細菌の温床になっていることが指摘されている。襟のないTシャツ、時計無し、半パンという、僕の夏のプライベートスタイルが一番衛生的だ。できれば年中こういうスタイルでしたい。

 

以前アキレス腱を切って手術をしたとき、1ヶ月ほどギプスを巻くために半ズボンで外来をしていたのだが、みんな予想外に全く普通の反応でこちらの気が抜けた。こういう人だともう思われているのかもしれない。

 

こういったスタイルもそうだが、以前からやっていることは案外明確な理由がなく、慣習だけで続いていることが多い。大事なポイントを再検証すると全くちがう結果が出てくることが医学の臨床でもよくある。注射の際アルコールで消毒しなくても、一般の人は感染の危険性は全く無いということも最近指摘された。

 

といってもアルコールで拭かないでやったりするときっと問題になるな。脱白衣の診察もそうだが、今までと違うこと、というのに人間は抵抗を示すようにプログラミングされている。身の安全のために。今まで大丈夫だったのに何で変えないとだめなの?

 

でも進歩するためには変わらなくてはならない。その姿勢を忘れんようにしたい(といっても注射の前は消毒しますね・・・今はまだ)。

 

しかし1面トップにするようなことかな?

 

 

季節物

 クリスマスも終わってしまった。毎年クリスマスらしくないよねーと言いながら過ぎていく。クリニックの1階に陣取るジミー君http://www.ikeoka.net/blogs/soulcherish/?p=1761#commentsも来年までしばしの別れだ。

 

 物心ついた頃のクリスマスの印象というのは梅田の阪急、阪神両百貨店のイルミネーションだった。子供心に「すっごい!はで」と思いながら、毎年の趣向が楽しみだった。大人になってからは景気を反映して「こんなに質素だったっけ」と思うことが多くなり、最近はこのシーズンに梅田に出ることもあまりない。

 

 うー、淋しいなぁ。こういう季節物というやつは、年を経るに従いだんだん疎遠になっていく。単なる商業的な理由から始まったものもあるが、それなりに定着しているものは結構気を入れてやった方が生活にメリハリがつくのでは。毎日毎日いつも同じでは面白みがない。人生はカラフルに。

 

 次は正月だが「初荷」なんてのをちゃんとやるのも風情があるかも。「初荷」と書いた旗を立てて。何を乗せる?僕は乗せたいものがあるのだがこれは秘密だ!

 

また来年ね

カデナ

 昨日は冬至でした。一年で一番夜が長い。さむーい日でした。でもこれから段々昼が長くなって来るんだと思うと気持ちが明るくなる。おお冬来たりなば春遠からじ。

 

 天皇誕生日は一日中本を読んでました。池澤夏樹氏「カデナ」、中村うさぎ氏「こんな私が大嫌い!」の2冊を一から読破、斉藤孝氏「できる人はどこがちがうか」パラパラ再読(これは物事の上達論として秀逸だと思います)。なにやってん!仕事せえよ(大量の書類)!と言う声が聞こえてきそうな気もしますが、まぁいいや。

 

 「カデナ」は素晴らしいです。装丁(平野甲賀氏)もエクセレントですが、内容もほんとうに。1968年の沖縄で、ベトナムへ空爆にむかうアメリカ空軍の情報をベトナムへ伝える役割をした4人の話です。強い反戦の気持ちが底にありますが、僕が強く感じたのは、組織というか集団に強制されるのではなく自分の意志で決めることの大切さ、そしてそういった人間が集まって何かを成し遂げることの風通しのよさです。流されるのではなく自分の頭で心で考えよう。

 

 いろいろな理由があるにしろ、お金でなく信念で動くことが一番大切なのではないか・・・と頭痛(昼寝しすぎ)のする頭で思う。幕切れの、何があっても人生は、時間は流れていくという、諦念のような静かな暖かさも沁みました。

 

 沖縄への核持込に関する機密文書が話題になっています。これって国は平気で国民にウソついてますというすごい証拠だと思うのですが、なんでもっと大問題にならないのかな?大体真実がそのまま報道されているわけが無い、というかその方が少ないという現実ですが、世間の風潮じゃなく、できるだけちゃんとした情報を集め(これが難しい)、自分の頭で考えようと思います。

 

 新年は信念でいこう。(スイマセン)

 

 

 

ダイナー

 僕はブック・アディクトです。活字中毒。何でも好きですがやはり小説です。しかし何故我は小説を好むのか?

あまり考えたことない。好きだから、決まってるじゃん。

では小説の何が好きか?

 

 思うに話の面白い人を好きなように、その小説が語ってくれる話が僕の感情を楽しいにしろ切ないにしろ動かしてくれるから。その動くことが楽しい。日常生活のルーチンに変化をくれるから。時にその感情の動きは僕の生活態度を変えたり判断に影響を及ぼしたりする。

 

 「ダイナー」という本を読み見ました。殺し屋しか来ない妙なダイナーにウエイトレスとして勤めることになったオオバカナコさん(大馬鹿な娘、ね)は生き延びることが出来るのか?暗躍する組織の抗争、命がけの恋・・・というのが帯の台詞ですが、雑誌の書評でなんとなく感じるものがありネットで注文したのです。

 

 でだなー、これは本屋さんでパラパラしていたら絶対買わなかったな。凄惨すぎる。殺し屋は大体トラウマを抱えているからそういうことが出来るので、すっごい異常性格者オンパレードで、まあほとんどスプラッタです。好みじゃない。作者は平山夢明氏で、本谷有希子さんという人の推薦も帯に載っているのですが「平山さんの、人として間違ってるところが好きです」だもん。

 

 でも何冊か買って僕の好みの本もあったのですが、これを一番最初に読みました。なぜか引きつけられる。あまり好きじゃない強烈な性格の持ち主の話に何故か思わず聞き入っちゃうような。以前「神は銃弾」というアメリカのサスペンスがあってこれも非常に凄惨な話(カルト教団に娘をさらわれた父親の追跡劇)なのですが何故か全部読んでしまった。

 

 何故か?どうも思うに双方とも底辺には「愛」があるから、という気がする。説明すると長くなりそうなので省く。この「ダイナー」はクライマックスで、ぐっと来る台詞が出てきます(大体そういうのが無いと物語として成立しないか)。エピローグの、総てが終わって乾いた風がただ吹いているという、空虚だけどちょっと安心した感じも両方とも共通だ。

 

 「ダイナー」にはダイナーだけあって食べ物、特に売りはハンバーガー(究極の6倍、というやつ)、が登場するのですが、これはまあ信じられないくらいうまそうです。凄惨な、白、黒、グレー、血の色、という感じの話の中に食い物が出てくると、そこだけ突然カラフルで、暖かい湯気とおいしそうな香りが漂ってくる。素晴らしいです。作者はかなり食い物にうるさそうです。

 

 好みじゃないけどかなり僕の心をざわつかせた「ダイナー」でした。結論は「読んでよかった」。でも気の弱い人には全くお勧めしません。もうひとつの結論は「ネットでの本の注文はギャンブル、気をつけよう」だなー。 

 

 

バーガー、じゃなかった、ダイナー。

今年の「このミス」の7位くらいに入ってました。パチパチ。

ちなみに僕の愛する「ダブル・ジョーカー」は2位!ヒューヒュー!

 

今日あった事

 インフルエンザは相変わらずの多さです。一時下火になったようですが今週になってから再び爆発。咳が強く咽喉はあまり赤くない。なんとなく顔が水っぽいというか涙目っぽくて、熱があるかどうかに関係なく熱っぽい感じがあれば、まず新型インフルエンザです。匂いがする。

 

 今日、3日後が結婚式ですという女性が来られました。インフル臭強し。まずいなぁーと思いながら迅速検査をすると、案の定インフルエンザA型がでました。気の毒なほどうなだれる女性。タミフルをすぐ内服してラッキーに明日解熱しているとすると、翌日も熱がなければ一応結婚式の日に感染性はかなり下がっていると考えられます。式は可能だと思いますとお話しました。

 

引き出物はタミフルにしては、とは言いませんでした。

 

いずれにしても大変です。うまく解熱されるように。これから結婚式を控えておられる方は、怪しいと思ったら予防内服を考えてもいいかも。

 

 

 

診察が終わってから僕の友人の明治国際医療大学の鍼灸学助教授S君が、教授のI先生、指導しているKさんを伴って来られました。彼は北野病院で呼吸器リハビリに鍼灸の効果があるか研究していて、僕が診療に鍼灸を取り入れていることを北野病院の先生に聞かれ、興味をもたれて食事をしたことがありました。今日はその縁で来られたのです。

 

彼は30代半ばですが恐ろしいくらい仕事をしていて3時間くらいしか寝ない。午後11時過ぎまで大学にいて最終バスで自宅に帰り、そこですぐ寝ずに30分ほどジョギングをする(「京都なんで若い人が多く、この時間でも結構走ってるので怖くないです」)。内も外も少年のようなスーパーマンです。

 

来られた3人はみんな大学人、研究者特有の、世間ずれのないピュアーな感じに溢れていました。この感じを私は愛するものであります。今何がしたいかと言うと、学生です。今の仕事とは全く無関係の、全く世間的には意味のない、ノン・プロダクティブな、高等遊民的な学問の徒となりたいと思っております。

 

実際になると不良学生になることは火をみるよりも明らかですが。

 

 

 

今日は年若い友人の誕生日でもありました。ささやかなお祝い。

君の目指している道は間違っていないよ、とオールド・フォックスは思う。

 

 

ふたご座流星群

 今日偶然知り合った人は大阪の卸売市場で働いている人だった。大阪には3つの大きな卸売市場があるのだが、このおっちゃんは40年以上福島の卸売市場で働いている。

 

 夜の9時から朝の6時くらいまで働き、そこから遊びにいく。大体睡眠時間は3,4時間。それを40年以上やっているので、7時間寝るなんて人をみると、ようそんだけ寝れるなぁと感慨を抱くそうである。頭が痛くなるらしい。関西で「ねぎとろ」を流行らしたんはワシやで、東京ではやってたけど大阪は誰も知らんかったんをいろいろ工夫してやったんや、とか、何とかいう魚の「若干し」(半生みたいに乾燥させたもの)という言葉はワシが考えた、とかアイデアマンです。

 

 ほとんど寝ないから人生を倍生きているみたいなもんや、そしたら俺はもう120やで、と笑う。で、彼が「昨日の流星群はきれいだった。流れ星って、つーと流れるだけやと思うやろ。違うで。ふっといのがざーと流れるんや、昨日のは」と言った。一晩中起きてるんだもんなぁ、星も見るやろ。

 

 僕が覚えている流れ星は、高校1年生の時にクラスの有志で兵庫県の高原(名前は忘れた)にキャンプに行き、そこの夜空で見たやつだ。初めて見たのでかなり感動した。来たやつ、喋った言葉もよく覚えている。キャンプファイヤー、今もう一度したいです。

 

 で、昨日のふたご座流星群を見たくなったのだ。ふっといやつ。こいつです。

http://www.youtube.com/watch?v=WtcsJZY_jLo 和歌山みたいね。こういうのがネットで見れるというのも奇跡のような気がする。今晩も見れるのか?おっちゃんも見るかな?

 

 

キッズとキッズ・アト・ハートのための部屋

 今日はクリニックの模様替えをしました。

 

 土曜日の外来と往診が終わったのが午後3時で、それからご飯を食べて僕はそのまま軽く死んでいたのですが、法人本部のスタッフがサクサクと仕事を片付けてくれており、再起した僕はちょっとだけチェックに加わってみんなで午後7時まで。お疲れ様でした。

 

 主なポイントは点滴室の移動と、今ある点滴室をキッズ・ルームに変えることでした。待合室が結構手狭になっており、また子供の患者さんも比較的多くてお母さん方も込んでいる待合に気を使われることが多く、「キッズ・ルームは作られないんですか?」と尋ねられることが多くなってました。

 

 で、子供さん中心の待合室を設営したわけです。クリニックの南の端で場所としては最高。スタッフの一人はここに住んでもいい、と言ってました。

 

 子供さんだけでなく親御さんも使われるし、子供の心をお持ちの大人の方もどうぞ。僕は院長の着ぐるみを着た小学6年生ですので、患者として来院したとしたら当然ここで待ってます。俺の精神年齢は低いと自信をお持ちのあなたも是非。

 

 

快適です。