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駅伝観戦記

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日頃の心がけのせいで懸念の雨も降らず、八尾市駅伝競争大会は収容人員5万人、じゃなかった100人位のスタジアム、じゃなかった運動場で華々しく開催された。

上の写真は開会式だが中学生が目立つ。これは運動会?朝礼風に「気をつけっ!礼!」で始まり、我々は数十年ぶりにそういった指示に従ったのである。いや、爽快。

右端7,8列が成人のメンバーだが、心なしかだれた感じ。わがチームの隣は今大会のスポンサー某銀行の精鋭、じゃなかった、強制参加させられましたメンバーで、「イヤー、速そうっすっねー」「そんなことないです。終わってから餃子、ビール行くんですがそれが楽しみで(これがうちのチーム)」「あっ、それ、いいっすねー、うちもそうしょっと」という大人の会話が交われたのであった。どうも大人がいないなと思っていたら、他の成人チームは警察とか消防隊とかの方々で、開会式などには出ずアップされていたようである。気合が違う。

大体一人3Km弱、5人で走るのだが、いや中学生は速い速い。しかしわがチームのメンバーもひじょうに立派であった。僕は応援団長で、走る前は「いいな、死ぬ気で走れ!死んだって大勢に影響はないんだから(ウソ)。走る前にちゃんと遺影を撮っといたるからな」などと言っていたが、みんなが真剣に走っているのを見るとちょっと感動した。いい大人が一生懸命なのを見るのはいいものだ。来年は僕も参加しようとかたく心に誓った。

女子の部が後であり結構遅くなるので、我々は走り終わった後閉会式には出ず、正式な順位はあとでHPの発表を待つことにした(17チーム中11位と判明!)。区間1,2までの走者はすでに順位とタイムが張り出されている。名前と所属、学年が表に記載されている。成人は学年が抜けているのだが、第1走者イッシーは、所属池岡陸上部、49年生。第2走者男爵、35年生となっていた。老けた学生である。

一般成人のチームは、我々のあとに少なくとも5チームくらいはいた。まずまずではないか。当初の上位5位以内は難しかったが、まずは全員無事で完走できてよかった。走った後、使用カロリーの5倍くらい炭水化物を摂取したがまぁいいではないか。またやろう。こういうのは単に走ること以上の意味があるのだ。応援に来てくださった男爵の奥様手作りのたすきが血と汗でドロドロになるまでやるぞ。

死ぬまで りくじょうぶ

たすき

「いけおか だいじょうぶ?」、じゃなかった「いけおか りくじょうぶ」?? この妙なものはなんだ?

これはねー、たすきです。わが法人の誇る陸上部が来たる2月2日、八尾市民大会駅伝競走大会(長ったらしいが正式にはこうなる)に出場するので、名ばかりリーダー、「男爵」の奥様が渾身入魂で製作された、ソウル ツー ソウルのたすきであります。

一昨年位からジョギングを趣味とするスタッフが集まって、時々仕事が終わって夜の大阪城公園を軽く流した後ビールを飲んで解散という魅力的なことをやっていた。各々市民マラソン等に出場していたのだが、今回精鋭が結集し、初の駅伝大会出場となった。

陸上部は法人の広報誌に「Born to run ! 走るために生まれた!! 」というガセ記事を載せたところ結構注目されるところとなり(クリニック周辺でも走っている人が多い)、デイサービス送迎車運転中で停車している時、「走ってるんですか?」と声をかけられたりしている。

ある時、広報誌を見て、娘さんを一緒に練習に参加させてほしいというお母さんから電話があった。電話を受けた男爵は、これはいいマネージャーができたワイとほくそ笑みながら「どれ位走られるのですか?」と訊いたところ、10数回フルマラソンを完走されていることが分かった。当陸上部でフルマラソンの経験のあるのは2人で、他はほぼ素人なのである。当陸上部の入部条件の第一は「足が遅いこと(少なくとも俺より)」なのである。涙をのんでお断りした。

そんなへなちょこ陸上部が、どういうわけか駅伝に出ると張り切っている。全員顔を黒く塗って、仮想山梨学院大学駅伝部で行くらしい。史上もっとも足の遅いアフリカ軍団である。院長!たすきの裏に何か書いてください!とのことなので「18 till I die  死ぬまで18歳 !」と書くことにした(村上春樹氏のトライアスロン用バイクに書かれているね)。ブライアン・アダムスの曲である。みんな!18のつもりでいけ!死んでもいいぞ!

踊る花嫁

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この日曜日、スタッフの結婚披露宴に出た。  いや、いい披露宴でした、本当に心に響く・・・。

で、それとは別の話であるが、披露宴でサプライズがあった。新郎新婦の今までを映像で見せる趣向であるが、突然映像が途切れる、係の人が慌てて「ちょっとお待ちください!」と言ってガチャガチャしてる。バックの音楽は流れ続ける。と、するとウエイターの男性がリズムに乗ってファンキーな踊りを突然始める。おおっ!芸達者過ぎるぜ!大歓声とともに、みんなノリノリとなる。するとあっという間にダンスに加わる人が増えていく。ウエイターの人達だけでなく事務の係りの人もカメラマンも。みんなステップが、振りがばっちり合っている。そして新郎が踊りだし、やがて新婦も・・・。

ここで、これは演出なんだと気がつくのである。これはフラッシュ・モブと言って、最近かなり流行っているらしい。街頭で、ショッピングセンターで、そして披露宴などで、突然ダンスが始まる。そして瞬く間に多くの方が加わっていく。10代、20代の人は結構知っていたようだが、我々のテーブルは30代以上の人ばっかりで、ただただ驚き喜んでいたのである。

後でネットで見るとすごく多くのフラッシュ・モブがアップされている。しかしどれも楽しいなぁ。みんなが楽しそうにダンスをしている姿は本当に気分がよくなる。最高。特に意外な人というか職種の人がダンスを始めるのが面白い。コックさんとか道路工夫の人とか軍人とか。

そういう意味でクリニックとか病院はグッドな場所である。うまくやればね。でもきっと小児病棟とかで、誕生日の女の子のお祝いなんかでやってそうな気がするなー、ぜったい。是非なんかの形でやりたい。

 

「狂」「癡」「愚」

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朝珍しく紙の新聞をペラペラしていると印象に残る記事を見つけた。朝日新聞の天声人語で、サマライズして紹介すると・・・

漢字学の白川静先生は好きな3つの漢字に「狂」「癡」「愚」を選ばれた。「狂」は好むところに溺れること、憑き物がおちないことをいう。世間の埒外に逸出しようとする志であり、最大の賛辞であった。「癡」は「痴」の旧字であり、うつつをぬかす意であるが狂ほど激しくない、控えめな狂。「愚」は動きが鈍く機略に乏しい意であるが、大賢は愚なるがごとし、甚だ高次の徳性を意味する語。この3つの文字は<人間の至境>を意味するのである。

白川先生のイメージを裏切る意外なセレクション。しかしこの選択は稀なものでなく洋の東西を問わないのだな。英語圏でCrazyというのは往々にして褒め言葉として使われるし(「狂」と同じイメージだね)、スティーブ・ジョブスの有名な言葉「Stay hungry, stay foolish」(もともとはWhole Earth Catalogの裏表紙に印刷されていた言葉らしいけど)もある。このfoolishは「癡」「愚」という感じだね。

他人の思惑を気にせず自分の好きなことにひたすら打ち込むこと。この3文字の意味するところをまとめるとこうなるか。これが<人間の至境>であると。これを続けることのできる人間がいつか至高の境地に達することができる。

僕の大好きな詩「もっとたくさんのデイジーを摘もう」も結局は同じことを言っているような気がする。

昨年一年はデイジーの年にしようと決意していたのだが不十分だったなぁ。でも下地は出来たような気がする。今年が本番だね。

 

チベットからの帰還

フじ

明けましておめでとう御座います。

昨年12月は仕事もお付き合いも多く(思うところがあって断らないことにしたのだ)、気がつけば新年である。昨年は夏から週2回の筋肉トレーニングが定着したということで記念すべき年であった。

10年近く前にアキレス腱の手術をしてからずっと足が不調で、今年の春からだめ押し的に座骨神経痛が発生し、悪くすれば本当にそのまま歩けなくなってたんじゃなかろうか・・・というところからの奇跡の復活である。なにをオーバーな、と思うだろうけど、まぎれもなく本人の実感である。7 years in Tibet というブラピの映画があったけど、僕も何年間か別の世界に住んでいたような気がする。

体重が3kgほど減り、ウエストは測ってないけどかなり減少し、久しぶりに行ったゴルフ場で風呂に入ったが、うむ、なんてみんなおっさん体型なんだ、と軽く自己満足を覚えるくらい(イヤなやつだねー)変化が見られた。

で大晦日、元旦と1年分くらいアルコールを飲んだので、2日からとりあえず自主トレを開始。30分の有酸素トレーニングを入れて1時間ばかり運動したが、やはり気分がまるで違う。フィジカルトレーニングの1番の効用はメンタルだ。元気であるために食事、運動、メンタルというのは3大チェックポイントであるが、これらは全部つながっていて、起爆装置として一番有効なのは運動だと思う。最近やたら走っている人が多いけれど、彼らもそのことがよく判っているのだろう。

週2回の筋トレ、3回の有酸素運動が継続出来れば不死身である。年をとっても何か新しい素晴らしいものを見つけることが出来るだろう。うう、楽しみだ。

夜明け前はオッサンの時間

dawn

最近ライフスタイルが変化した。週に2回、朝5時半に起きてクリニックで7時から筋トレをすることにしたのであります。今までどっちかというと夜型のタイプであった僕としては、性格までまっとうになったようで気分がよろしい。

朝、ぼくとはダメな馬とダメな騎手のように気が合う愛車で西宮を出発する頃は真っ暗で、最近は大阪についてもまだ暗くヘッドライトはついたままである。こんな夜明け前でも人は動いている。フロントガラスの中から眺める寒い街には、圧倒的にオッサンが多くうごめいている。女性は出かける前の支度でまだ家の中だろう。

最近激増のジョガーも多いけど、仕事に向かう、もしくはすでに仕事をしているプロのオッサンたちがほとんどだ。こういう人たちで日本は維持されてるのだなぁとしみじみ思う。阪神高速はトラックをはじめどの車もすさまじいスピードで飛ばしていて、素人の付け入る余地は全くない。日曜日の路面とはえらい違いだ。僕も今までの通勤時間の范文雀、じゃなかった半分弱でクリニックに着くという偉業をなしとげ(もちろん一般的制限速度内で走っているのだ)、これこそ時空をワープするという感覚そのもの、車通勤はこの時間じゃないと意味ないね、と思う。 

昔アメリカに留学していたころも、ボスに誘われて朝の6時からジムに行っていた。暗い中、ジムの前には車が数台アイドリングをしたまま待っていて、玄関が開くと地味なオッサン達がぞろぞろと入っていった。僕はマシンの使い方もよく判らないで何かやっていたのだが、気がつくと地味な一人のオッサンがじっと僕の方を見ている。何か言いたそうに唇が痙攣しているので「なんでしょう?」とジェスチャーをすると、意を決したように自分のマシンから降りてきて、「これはこう使う」と教えてくれたのを思い出した。言葉も通じるかわからない、東洋人の子供みたいなやつにちゃんと時間を割いてくれたのである。早起きの地味なオッサンは親切でおせっかいなのである。

朝7時から武ちゃんにきちんとストレッチをやってもらって、スクアットが終わる頃には患者さんもクリニックに現れ始める。以前は朝運動をすると一日眠くてたまらなかったのだけど、今はそんなことはない。体幹がしっかりするにつれ、生活の中での時間軸のとり方もしっかりしてきた。朝を有効に使うことは、有効な時間を延ばすことであり、ひいては時間の進み方を遅くしているようなものだ。朝から動くオッサン達は夜にうごめくオッサン達より若い時間を生きているに違いない。夜明け前のオッサン達に幸あれ。

座長の弁

楽屋舞台わき

田中消化器科クリニック@静岡の大忘年会に、恒例の吉本新喜劇を引っ提げてスタッフ9人で興行を行ってきた。演芸会に参加は3年目、新喜劇は昨年に引き続き2回目のリベンジである。

前回の反省をもとに(何か反省したっけ?)、今回は鉄板の学園ものでアタック!不登校の学生が久しぶりに登校してきたが(アマゾンで宅配で来る)、実は彼は禿げに悩んでいて鬘をかぶっている。ハゲが不登校の原因だったのだ。そこに怪しげなサプリ屋さんが登場し奇妙な薬を内服させるがはえて来ない。しかし彼は「はえてます!きてるー、きてるー」と。彼がかぶっているアマゾンの箱を開くとそこに大量の胸毛が!「そこかっ!」

結論から言うと、今回も期待したほどのお笑いは取れなかった。各場面には抗加齢医学の話題を加え、誰かに似ている・・・という人物も登場し、楽屋落ち満載だったのだが、座長は考えるにそこが今回の作戦の(ささやかな)ミスだったのではなかろうか。我々は田中消化器科クリニックというと完全に抗加齢医学会つながりのため、宴会に来られている方々(130人!)はこういった事は共通認識としてご存じであるという誤解をしていたのだった。田中消化器科クリニックは内視鏡における静岡のリーダー的存在であり、どちらか言うと抗加齢関係の方は少なかったように思われる。わからない楽屋落ち・・・ここだ、問題は。きわめてマイナーな楽屋落ちほど面白いのに。

僕はあの優秀且つ実直なヘルシーパスの田村社長の偽物役で、メルシーパスのダムラーという、きわめて胡散臭い人物を演った。個人的には実に気に入っていて、終了後もヘルシーパスの方から「田村は喜んでいましたよ!」という暖かいお言葉もいただいたのだが、本当に失礼しました。

しかし楽しかった。この忙しい11月に外来終了後遅くまで何回も練習した外来、介護のスタッフのみんな、ゲストスター、エルスワンの石田アマゾン社長、そして参加しないでも劇を見て意見を述べてくれたスタッフのみんなに心より感謝したい。

会場に向かう前の会話

外来チーフO嬢「あれだけ練習したこと、みなさん判ってくださったらいいですねー」

私「あのさ、練習したなーって思わせるのってなんかカッコ悪いじゃない?来る前30分間だけやりましたって感じで、さらっといって笑わせるほうが粋だよ」

O嬢「きっと本当にそう思われますよ、全然やって無いなって」

うーむ、そう思われたのなら切ないな・・・

藤翌朝部屋から見えた富士山

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71だって?

71はゴルフのスコアのことじゃないよ。ハーフだとあり得るか・・・

ジャーーーン!! ポール・マッカートニーのコンサートに行ってきたのである。

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フラッシュ無しなら撮影OKという寛大な処置により写真を載せるけど、いや、大掛かりでした。ドームコンサートとか音楽を聴く環境じゃないだろうと思うけどポールは別、離れていても近くに感じる。

オープニングは報道されていた通り8 days a week だったけど、始まった時不覚にも目頭が熱くなったのだ、ジーンと。  じじぃか・・・。 これも40年以上の長きにわたりビートルズを聴いてきた歴史が自然とさせるのだろう。オーバーでなくコンサート中何度かグッとくる時があったのだけど、離れた席にいた誘ってくれた友人も同じことを言っていた。「何度涙が出たかわからへん!」。ま、笑わば笑え。

半分以上がビートルズの曲で、アンコールであの不吉な Helter Skelter をやったのは、さすがポールはロッカーだ、と思われる。それに引き続いてAbbey Road のB面メドレーが始まった時はほとんど心停止!ものであった。不整脈も出ていた気がする。The End の love you のコーラスは勿論聴衆全員声をそろえ、ジャァーーンというThe End の終わりで本当に終わりとなった。

ポールはすごく若く見えた。

写真で時々見ると、老けたなーという感慨が拭えず、それが積極的にチケットを取りにいかなかった理由だが、コンサートのポールは青年だった。とても姿勢がいいし、動きも素早い。なんといっても3時間近くソロで歌いまくり動きまくり、それでいて歌った直後のMCで息も上がっていない。

すごくトレーニングをしているに違いない。60歳を超えて活躍しているアーティストに不摂生な人はいない。それを広言するかどうかは別として。栄養管理も含めポールには優秀なトレーナーチームが付いているに違いないし、このツアーにも同行しているだろう。

最初に出てきたポールの衣装はジーンズに白いTシャツ、その上に黒いショートコートで、モッズだった。カッコいい。これはパクらなくてはなるまい、と思ったがそのためにもトレーニングは必須だなぁ。

71歳は青年になり得るのである。58歳はとーぜん・・・計算上は子供か。

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ロックファンの再会

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昔の友達と会った。

彼とは中学1年生の時一緒に自由研究をしてからだ。かれこれ45年かぁー。ずっと東京勤めだったが大阪に戻ってきてから時々会っていた。今回は数年ぶりだ。あるコンサートのチケットが手に入ったので一緒に行けへんか?という誘いがあり、それをきっかけに会うことになった。

彼との共通点はロックミュージック。

小学生の時、モンキーズ・ショウで洋楽に目覚め、中学入学してビートルズのOldies(ベストアルバムです)の貸し借りでロックファンの仲間ができ、それから幾星霜。70,80年代のロックミュージックについて話せる仲間は僕の周りに今はおらず、彼も同様の状況だったので、その話をしたい!会おうぜ!ということになった。最近Kissのコンサートに行ったらしい。「Kiss!? 今でも火とか吹いてんの!?」 「おお、吹いてたぞ、白塗りやから年が分かりにくい、若いなーと思ったけど大画面に映ると首筋に年齢が出るな。でもまあ単純に面白かったよ」

彼は全然変わっていなかった。ほら、あの曲!と言って必ず出だしとかサビの部分をワンフレーズ歌うのだ。考えてみると僕もティーンエイジャーのころから成長しているとはとても言えない。3時間半、近況なんかはさらっととばしてカウンターに座って99%昔のロックミュージックの話に終始する。店の方が呆れて音楽を80年代ロックに替えてくれたくらいだ。

で、協議の末、栄えあるロックアルバム殿堂入り(順不同)は・・・・・

①レット イット ブリード:ローリングストーンズ これは二人とも大好きで文句なく一致。すべてが素晴らしい最高のロックアルバム。  ②ラバーソウル:ビートルズ 彼のひいき。僕も最近聴いてあまりの古びなさに驚いた。個人的にはリボルバーもかなりいい。 ③ シカゴの軌跡:シカゴ 学生運動の匂いのプンプンするファーストアルバム。文句なく一致。シカゴはせいぜい5枚目くらいまでで、この1枚目に衝撃を受けたファンはそこらへんで脱落する。ポップなシカゴなんて・・・。 ④フーズネクスト:ザ・フー 彼の一押し。僕は聴いたことがなかった。 ⑤血と汗と涙:ブラッド・スエット・アンド・ティアーズ 僕の好み。ブラスロックの最高峰。 ⑥アバロン:ロキシーミュージック 僕の好み。 「ニルソンにアル・クーパーにブライアン・フェリーやろ。ベー(僕は中高6年間そう呼ばれていた。理由は長くなるので省略)らしいわ」と軽蔑されるも「まぁ聴いてみる。他のことはともかく、音楽のセンスは信頼してるからな」とまけてもらう。 ⑦ネバー・ア・ダルモーメント:ロッド・スチュアート ガソリンアレイからスマイラーまでの4枚にロッドは尽きると一致。その中でも個人的に思い出の1枚。 ⑧デジャブ:CSNY 何を言うことがありましょう。 ⑨ジョンの魂:ジョン・レノン 何を言うことがありましょう。 ⑩Ⅱ:レッド・ツェッペリン これまた何を言うことが・・・・・その他、数えきれないくらい出たが酔っぱらったため覚えておらず省略。

面白かったのは、ベストアルバムが一番いい、このアルバムがいいというよりベストアルバム買った方がいいよというミュージシャン。 ①ビージーズ ②モンキーズ ③ドノバン がベスト?スリーで完全一致。でもいずれも大好きなミュージシャン。

ということで、最近まれな時間を過ごした。何でも新しいものに触れなければ感性は古びてしまうというのは判ってるけど、大好きだった、本当に素晴らしいと感じているもの、ことについて話すことはメッチャクチャ楽しいぞ。今度は音楽以外でもやりたいな。、

 

 

筋トレ セカンドシーズン

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7月中旬から始まった筋トレも3ヶ月たって25回を消化し、セカンドシーズンが始まった。

ファーストシーズンで得たこと。

まず何といっても椎間板ヘルニアからの坐骨神経痛が消失したこと。これはすごいよ。経験した方は判ると思うけど、手術した僕の友人の言葉を借りれば「地獄の苦しみ」。この数か月、どのようにやり過ごしたのかあまり記憶にない。歩くことの恐怖。本当に歩き方を忘れてしまった。今でも潜在する恐怖から完全に逃れておらず、確かめながら恐る恐る足を踏み出す。ある日、「あれっ」という意外な消失感を感じた時、本当に信じられなかった。続けて良かった。ある種、賭けだったんだけど。

筋肉トレーニングの重要性。筋トレはビジュアルのためじゃない。坐骨神経痛の治癒が主目的だったので(なぜ筋トレを選んだかは椎間板ヘルニア以外にある僕の身体的トラブルが理由なのですべての人に当てはまるわけではない)下半身重点的、それもソフトにだったのだが(といってもきつかった・・・)、明らかにフィジカル、メンタルに強くなった。少なくとも30歳以降で最強ではないかと。

優秀なトレーナーにつく重要性。一人じゃ絶対続かん。しかも筋トレは正しくやらないと害である。武ちゃんで本当によかったと思う。

 

でセカンドシーズンが始まったわけだが・・・・

「ではこれからちょっと本格的にいきましょう!」という掛け声の下、スクワットの時のウエイトがぐっと上がった。左右7Kgずつ持って15回を数クールやってもそんなにこたえなかったのだけど、14Kgずつになった時はちょっと耐えられず規定回数をクリアーできず。頭が痛くなり呼吸状態がおかしくなった。とりあえず10回やってギブアップしたのだが、10回できるというのはまだセーフティゾーンでいずれ20回は出来るでしょうとのこと。我慢できなくてウエイトを落としそうになる位でないと筋肉はちゃんとつきません、とのことであった。 「追い込まないとダメなんです」。

こういうのが筋肉トレーニングというのか。多くの方がやってるのは武ちゃんによればトレーニングでなくエクセサイズらしい。だろうなぁ。今まで筋トレのあとは休日を作らないと筋肉が疲れて肥大しない、とか言われても判らなかったもん。毎日出来るんじゃないと思ってたもん。筋肉は疲れてなかったわけだ。 その日はとても翌日やる気にならなかった。

セカンドシーズンの3か月が過ぎたら(無事生きていたら)、多分かなり身体は変わるだろう。でもね、興味あるのは実はメンタルなんだ。

筋トレはメンタルを変える。実証したい。